第12話

 透が目を覚ますと、すでに翔は目を覚ましていて、鉄瓶を炉にかけて湯気の立ちのぼるのを見守っていた。

「あ、おはよう。今、香草茶を煮立ててるんだ、もうすぐできるんだけど、飲む?」

 透は目尻をこすりながら、ホァロウを探した。

 木につないだ透の馬に何やらボソボソ話しかけている。

「なにやってんの、あれ?」

「なんか、動物と話ができるんだって、透がうまく乗りこなせるように、馬に頼んでるんだってさ」

「うそつけ」

 透はバカバカしいとでも言いたそうに、軽く笑ってやった。

 三人で香草茶と固パンの朝食を取る。身支度をすませ、透はおそるおそる自分の馬に近づいた。

 大きな黒い瞳をぐりぐりと彼に向け、小バカにしたような目付きをすると、ガクンと前足を折り、馬はひざまずいた。

 昨日の四苦八苦がまるで嘘のように、一回でうまく馬に乗れ、自分の手足のように馬は左に曲がり、Uターンし、あげくはクルクルと輪をかいた。

「見ろよ、一日にしてこの上達ぶり!」

 透は、目を丸くして自分に見入る翔に向かって、自慢げに馬上から叫んだ。

「あたしが交渉したからさ」

 ホァロウが透の上機嫌に水をさす。

「条件付きでやっと応じてくれたんだから」

「じゃ、なんだよ、馬は報酬つきで俺を乗せてもいいって言ったのかよ」

「そ、君が毎日体をブラッシングしてくれたらってね」

 透の顔が見る間に赤く染まっていく。興奮して唾を飛ばしながらどなった。

「そんなこと、動物狂いのおまえがやってやればいいだろ! その条件取り消せ! 俺の実力で乗っってやるから、なにも文句言わさねぇからな!」

「ぼ、ぼくが透の代わりにやってあげる、透はなにもしなくていいから」

 翔は情けない声を出して、友人のあいだを右往左往した。

 透は翔の顔をまじまじと眺め、深いため息をついた。

「俺に気ィ使わなくてもいいよ。これは、こいつと」

 と、ホァロウを指さして言った。

「俺の問題なんだからな」

「でも、多分、条件なしだと、このコは一秒だって君を乗せたくないと言ってるんだけどねぇ……」

 ホァロウは困ったように腕に組み、頭を振った。

「なんだか、君は動物に嫌われる体質らしいね」

 透はしばし唖然とした。

 透の頭のなかで、自分の立場というものがカタカタと音を鳴らした。

 (ホァロウの態度が気に食わない)と(ホァロウがいなければイシュカのところへはいけない)というテーマが天秤にかけられ、その真ンなかに翔がいて、フラフラとその二つを支えている。

 音を立てて、天秤はホァロウへのムカツキに傾いた。

 さっさと馬から降りると、「俺は歩くから、気にしないでくれ」

 透の強情な態度にホァロウは面食らいはしたが、怒りはしなかった。

「ま、いいさ。気のすむようにおしよ。その代わり、かちだとかなり時間がかかるけど」

「走るから、いいんだよ」

 透はツーンと顔を背ける。大人気ないとわかっていたが、いまさら態度を和らげることなどできない。

 ホァロウはニヤニヤとその様子を見ていたが、かかとで馬の横腹をこづき、「さ、いきましょ」と、軽いギャロップでさっさと先にいってしまった。

 戸惑って、翔がオタオタと走り出そうとする馬を引き留めていた。

「いけよ」

 透はつっけんどんに言い渡す。

 困惑した顔で、翔はしばらく透を見つめていたが、観念してホァロウのあとを追った。あっという間に翔の乗る馬は豆粒ほどになり、道の果てに消えた。

 透はテクテクと不機嫌な顔付きで馬を引いていたが、イライラとじだんだを踏む。すぐさま、馬の背に飛び乗った。

 馬が大きな目を向けて、「やれやれ」とでも言いたそうに鼻を鳴らす。

「ケツと耳の穴の世話は自分でしろよ」と、透は馬に妥協案を提言する。

 馬は合意して駆け出した。

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