第11話

 慣れない馬に乗るのは、まったく上手にならないアイススケートをするのに似ていると、透はぼやいた。

 鞍もなければあぶみもない。尻は馬の背のうえでズルズルすべるし、乗ってじっとしているのがやっとなのに、ましてやさらに操縦するとなると、困難を極めた。

 馬がいやがって大暴れしはじめるまで、透は断固としてその首にしがみついていた。

 翔は軽々とその背に乗った。ホァロウはヒラリと片足を上げて飛び乗った。

 馬の背にベッタリとしがみつきながら、透はムッとする。特に赤毛のバカに。

 結局厚地のフェルトを馬の背に重ねて、やっとまともに乗ることができた。

 村をあとにして、三人は単調で起伏のない白い道をえんえんと進んでいった。道らしきものはこれ一本しかなく、景色はいつまでたっても黄緑の平原が続いている。

 日が暮れるまで路程をこなし、道のわきに生える木の根元で野宿することにした。

 翔も透も疲れきり、ホァロウが炉を作って火をたくと、ばったりと地面につっぷした。

「し、尻がいたい……」

「きみのお尻はつくづく災難に見舞われやすいんだね」

 透はホァロウを無視すると、フェルトに擦れてテカテカとてかる尻を空に向けて腹ばい、がにまたに脚をひらいてうめいた。脚の筋肉が形状記憶合金になったみたいだ。

「俺ァ一生乗馬なんかしねぇ」

「残念だけど当分馬だよ」

 ホァロウは干し肉を火であぶりながら、親切に教えてあげた。

 カリカリにあぶられた干し肉を切り取ったパンに挟み、ふたりに手渡した。

「なんなら、馬を君に乗せてみようか?」

 透は一瞬考えてから、ムッとした顔になり、「あー、笑えねぇ、笑えねぇ」と首を振った。

「昨日の夜、ジェヌヴとか言っとったけど、だれなんですか?」

 翔が干し肉のはしの焦げたところをかみ切りながらたずねた。

 小さな炉火が赤く、取り囲む三人の顔を染めている。

 いつもにこやかに笑っているホァロウの顔付きが、気のせいかこわばって見えた。

「これも神のひとりさ」

「ゾロゾロとゴキブリのよーに……10人のインディアンじゃないんだからよ」

 透がわざとらしくつぶやく。

「まさか! 10人もいないよ。5人さ」

 ホァロウは目を丸くして、わざわざ5本指を立て、透の目の前につき出した。指を折り、「金の神」次に人差し指、「白の神」それを続けていく。「玄の神」「青の神」そして、最後の小指を折り曲げ、「朱の神」

「ジェヌヴは玄の神なのさ」と、中指だけを器用に何度も折り曲げた。

「新興宗教とは違うんですよね?」

 翔は質問に、ホァロウは不思議そうに小首をかしげる。

「どうせ、そんなもん知ってるわけないだろ。いわゆる、イシュカみたいに人間なのかって、訊きたいんだよ、翔は」

 ホァロウは間髪入れず吹き出し、高らかに笑い声が炉火の煙と一緒に空へ伸び上がっていったかと思うと、ピタッとやんだ。

「失礼」

 せき払いしてホァロウはふたりのあっけに取られた顔を見た。

 翔は赤面して黙っていた。

「君たちの世界とは、神の認識がどうも違うようだね」

「ど、どういうことです?」

 どもりつつ、翔はいぶかしげにホァロウを見つめる。

「神は神だよ。一種の種族のようなものさ。ただ、人間とは違う、比べものにならない力をもっているだけなんだよ。

 もちろん、他の点でも人間とは違う。それを忘れてはならないけどね」

 翔の理解できないという困った顔を見て、ホァロウはまた笑った。

「笑うの、いーかげん、やめろよ!」

 透がどなった。ホァロウのにやけた顔、笑い声がさっきから自分の神経を逆なでしてしようがなかった。

「わけ知り顔で笑うのはやめろーッ!」

 透の態度を予期していたのか、ホァロウは動揺もせず、おもしろげにニヤニヤしはじめる。

「なに、怒ってんの? どーしたの?」

「こいつはなんか知ってるんだよ。それを俺たちには黙ってるんだ。何を隠してるのか知らねぇけどな、このお人よしはだませても、俺はだまされねぇからな!」

 透は興奮して、腕を振り振りどなった。

「お、お人よし?」

 翔は透にそんなふうに思われていたのかと、目を白黒させた。

「あたしを糾弾するまえに、お友達に弁明したほうがいいんじゃないかい?」

「いや、そのまえにあんたが何を隠してるか、話すのが先だろ」

 透は立ち上がっていた。どーせ雰囲気ではホァロウに負けているのだから、せめて態度だけでもと、彼は胸を張って立っていた。

 子供じみた虚勢を鼻で笑って、ホァロウは190近い長身を起こし、透を見下ろした。

 透が一瞬たじろぐのを見て、ホァロウは微笑んだ。

「君がお友達をとられて気分を害してるのはわかるが、ちょっと態度がぶしつけなんじゃないかね?」

 笑いながらの脅しを透は生まれてはじめて受けた。

「確かに隠してることはゴマンとある。だけど君たちも隠してるさ、結局ね。君があたしを信用しない理由はあたしにはわかっている。だが、それを論じるのは今じゃないはずだよ? あたしが君たちに力を貸すのは、物事がそうしろとあたしに言ってきてるからさ」

 まだふたりが納得のいかない顔をしているのを見て、「この世界では、かなり運命の支配力が強いのさ」

 それが答えだとでも言うようにホァロウは言い切った。

「明日、リリックとおちあう。先鋒役を務めてもらったんだよ」

 ホァロウは炉火をいじくるために、地面に腰を下ろした。

「さぁ、もう寝よう。馬に乗るのがいやなら、あたしが馬を説得してあげるから」

 そう言って、自分の荷から荒織りのマントを二着引き出し、ふたりに渡した。自分はそのままゴロリと手を頭の下に組んで寝てしまった。

 翔がチロチロと燃えている炉火を見て、遠慮げに「火はだれが見るんですか?」

 ホァロウは眠そうな声で目もひらかず、「朝まで燃えてるよ」

 ホァロウの言葉に翔は首をかしげながら、透の横にマントを引きずっていって並んだ。

「んー、さっきはスマン」

 透がつぶやいた。

「え? なにが?」

「んー、お人よしとか言って」

「別に……本当のことだし」

 翔はテヘと笑った。

「透がいないと、ぼく、マヌケなことばっかし言っちゃうし、ちょうどいいよ」

 体操座りをし、ひざにあごをおいて、翔はぼんやりと炉火を眺めている。

 翔の横顔を、透はじっと見つめていた。

「そうかぁ?」

 自分も同じ姿勢を取り、長い沈黙のなかで翔の言った言葉を反すうした。

「ぼくたち、生きて帰れるかな」

 翔が沈黙を破った。

「まーた、そんなこと言ってる」

「今日はじめて言ったよ」

 少々ムキになって翔は言い返した。

「根暗はおまえの専売特許だもんな。なに言ってもそんなふうに聞こえてくるんだよ。心配しなくてもうまくいくさ」

 そう言いつつも、透はため息をついた。

「うん……おやすみ」

 ぱたんと翔は地面に横になり、すぐに寝息をたてはじめた。

 透は眠くなるまで、明るい星空を眺めて起きていた。

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