第6話
「なんか、映画に出てるような気分だな。これが剣とかじゃなくって、銃とかだったら、俺たちガンマンとか言うんだろうな」
とぼとぼと、ふたりして長いこと歩いているあいだ、透はずっとこんな調子でしゃべり続けていた。
翔はすでに笑う気分にもなれず、うわのそらであいづちをうっていた。
ぼんやりとした目を前方にさまよわせている翔を、透は声だけは明るく保ちながら伺い見る。翔の自分を保つ力はもう底をつきかけているのを見て取っていた。だからこうして、彼が崩れてしまわないように陽気なふりをしているのだ。
いつまでも変わらない景色と、突然な環境の変化に戸惑っているのは透も同じことだった。
だが、頼りなく不安定な翔を見ていると、しっかりしないといけないのは自分だという気持ちに駆られてしまう。
兄貴か父親のような気分になって、透は翔の肩を軽くたたいた。
「俺にまかせとけ、安心してていいから。俺がきっと沙那子助けて、みんなで俺たちの世界に戻れるようにしてやるから」
翔はぼんやりと疲れた表情で透を見、弱々しく微笑んだ。その表情は十六歳という年よりも、ずっと幼く目に映り、透は一瞬たじろいだ。
「気ィ使ってくれてるんだね……ぼくがしっかりしてないから、透にはいっつも迷惑かけてるね。ゴメン」とは言いつつも、相変わらず翔は元気がない。
透は暗くなってしまう雰囲気を吹き飛ばすように大声で笑う。
「俺たち友達じゃねぇか! めめしいこと言うなよ! もっと自信もてよ!」
翔はまぶしそうに透を見つめ、恥ずかしそうにうなずいた。
友達は透だけだ。そして、同じくらいに大切なのは沙那子だった。だから透を好きな沙那子のことも、多分同じ気持ちでいる透のことも傷つけたくなかったし、それにぬけぬけと割り込む自分がひどく後ろめたかった。
友達だと豪語してくれる透の存在は翔にとってはなくてはならないものなのだ。父親のわからない子供として母親とともに、親類縁者から冷遇されてきたいままでのことを振り返ってみても。
「腹へったな」
透が腹を押さえてつぶやいた。
しかし、周囲は飽きもせず、吹きすさぶ荒野。
「あーあ、ここにコンビニとかがあったら、俺、喜んで駆け込んでやるよ」
透は両手を上げて叫んだ。
「吉○屋の牛丼でもいい! いつもならバカにしてるサン○ーサンでも、今の俺だったらなんでもいい!」
叫ぶだけムダだったが、気は済んだらしく、透は恨めしげにうなり、飢えた目で辺りを見回した。
翔も実を言うとさっきから腹の虫がごねていた。
自分の気分を透が代弁してくれているようで、透が叫ぶのを聞いて心地よかった。
「あーッ!」
透がまた叫ぶ。そして、前方を指さした。
「え?」
翔は驚いてその指さす先を見やった。
何も見当たらない。
突如透はかがみこみ、じっと前方をにらみつける。
翔はわけもわからず言った。
「どうしたの? なにがあったの?」
「しっ!」
透は翔に静かにするように合図を送り、ゆっくりと枯れた草むらを指さした。
何かがごそごそと動いている。
それはとがった耳をピンと立て、うす茶色の体をすっくと起こし、ウサギに似た鼻をひくつかせて、辺りを探っていた。
ずんぐりとした胴体。一見太り過ぎのチワワにも見える姿。動物の大きな瞳は、遠目からは光に反射して白く見えた。
プレーリードックのようなしぐさで、ひとしきりフンフンと匂いを嗅いでいたが、また草むらの陰に隠れ、地面を掘り起こしている。
透と翔は風上にいたのだろう。その珍奇なけものに気付かれることはなかった。
「俺ァ決めた……あれが今日の昼飯だ。俺をとめんなよ」
透はブツブツつぶやきながら、ベルトに引っかけた剣を引き抜き、ほふく前進で目前の草むらに向かっていった。
あと少しというところで、不格好なチワワが顔を上げ、またも辺りに探りを入れはじめた。
透は息を殺し、目だけはしっかりとチワワもどきに向けて、またヤツがのんきに土を掘りはじめるのを待った。
しかし、引くついていた鼻がピタリと止まり、透がじっとはいつくばっている方向を見つめた。
キュキュキュキュ
チワワもどきはかん高く笑うと、パッと身をひるがえして走り出した。
透もバッと起き上がり、転げそうになりながらチワワもどきを追いかけた。
翔は呆れて透の追いかけっこを眺めていた。
動物は、あまり遠くへ逃げもせず、からかっているのか。翔はしだいに走っては止まるチワワもどきの行動に気付きはじめた。
透はよろけながらも剣を振り回して、ギャーギャーと叫びながら、チワワもどきを追いかけている。
「翔! おまえもこっち来て、手伝えよ!」
透がわめき出した。翔はクスクス笑いながら、「透、透!」と呼び止めた。
「なんだよ!」
透は息を切らして、けげんな顔で翔を振り返る。
「多分追いかけたって捕まらないよ、ちょっと止まってみてよ」
「ハァ?」
「ほら」
チワワもどきは目を大きくキラキラさせて、じっとしている。
「だから、なんなんだよ?」
「もしかしたら、ぼくらと遊んでるつもりじゃないのかな?」
チワワもどきはうれしげにキュキュキュと鳴くと、じれったそうにうしろ足でバンバンと地面をたたいている。
「ホ、ホウ……」
透はあごをなで、ニヤリと笑う。中腰になると、猫なで声で、
「おいで、おいでー。こわくないよー、なーんにもしないから、ちょっとこっちに来てみないか? ホラホラ、なーんもしないよ?」
と言って剣をわきに置き、怪しげにニコニコ笑って手招きした。
「こっちにおいで。こわくないですよ?」
まったく動こうともせずに、白々しい目を透に向けるチワワもどきから目をそらし、
「びびってんのかな?」
と顔を上げ、わざとらしさの滲み出た笑顔を翔に向けた。
「そりゃ、そーだろ」
翔は笑いを押し殺し、自分もかがんでチワワもどきを呼ぶつもりで両手を広げた。
出し抜けにチワワもどきはウキュキューと走って、彼の腕の中に飛び込んだ。
透は愕然として、恨めしげな目で翔を見る。
「やっぱ、わかったんじゃないの?」
翔は笑いながら言った。腕の中のチワワもどきはけっこう骨太でゴツゴツとしていた。
「モチロン、おまえも食うよな?」
透は無情に言い放つ。
翔はウキュと自分を見つめるチワワもどきを眺めながら、複雑な気分に陥った。
「ぼく、食べる気しないないなァ」
力なくつぶやく。
「大丈夫」
透の言葉に一瞬、翔は微笑みかけた。
「あの女みたいにキュッとしてやれば、一発だぜ」
ショックを受けて翔は黙り込む。
「じゃ、俺がしてやるよ」
手を伸ばす透から飛びのいて、だだっこのように翔は大声を上げる。
「ちょっと冷たすぎるんじゃないの? かわいそーとか思わないの?」
透は出した手を引っ込め、居心地悪げにモゴモゴとごねる。
「背に腹は変えられねぇよ」
「いいよ! 透はそーやってサバイバルゲームでもしてればいいんだよ」
理屈に合わない言い草だったと、翔は言ったあとに気付いたが、さっと彼に背を向けた。行く当ては全くなかったが、スタスタと歩き出した。
「これはサバイバルゲームじゃないんだぜ! 俺たち本当に放っといたら飢え死にするかもしれねぇんのだぜ!? おまえの言い分聞いてたら、俺たちあしたにでも死んじまうぞ!」
翔が立ち止まらないのを見て、大きくため息をつくと、
「くそっ、俺ァ知らねぇぞ」
と、翔を追いかけた。
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