第4話

 二つの太陽は相変わらず照りつけてくるが、さほど暑さを感じない。

 夏用の学ランの粗い布目に黄色い砂がつまって、黄色っぽく染まっていく。

 見渡すかぎりの荒れ野。見えるのは枯れた灌木と、黄色い岩。青い空。

 しかし、飛ぶ鳥もいなければ、虫ケラさえも見当たらない。

 音もなく、荒野に生み出されるのは、吹きすさぶ風の悲鳴だけ。

「なぁ……」

 翔はポツンとつぶやいた。

「ン?」

「なぁ……お出迎えって、なんだったんだろ」

「さぁ……?」

 そう言って、透は一人で勝手に笑っている。

「透はゲームとかしてて、こういうの、なれてんじゃないの? この先、だいたいどうなるのか、分からないの?」

 透はため息をつく。

「そんなこといってもさー……こういうのってゲームしててもわかんねぇよ」

「それもそーだね……」

「こんなゲームやったこともないよ」

 透はついでに付け加える。

 翔は考え深げに辺りを見渡す。自分なりに事態を把握しようと決心がついたところだった。

「ヘヘッ……」

「?」

「いやぁ……すまん……ちょっと思い出し笑い」

「??」

 透は、翔の黒のタカに対する激昂ぶりを思い浮かべて、ニヤリと笑う。

「いっても怒らないなら、いうよ? あのさぁ、まさかまさかって、いっつも思ってったけど、おまえ、沙那子のこと、スキだったんだなー」

 翔の顔がとたんに赤くなる。

「まさか首を絞めるとは思わなかったな」

 透はうなずきながら、重々しく言う。

「悪かったなぁ……」

「いやー、なにも悪いとか言ってないだろ。なんか、おまえってさ、こう陰から、目だけキラキラさせて、沙那子さーんとか、言ってんの、にあってるし」

「沙那子さんとか、言ってないよッ!」

 照れまくる翔は思い切り、透の後頭部をはたく。そして、いらだちの混じった声で叫ぶ。

「おまえだって、六道さんのこと、どう思ってんの!? 幼なじみじゃないか。気になったりしないの?」

「なんで俺がちょっと言っただけで、そこまで話が発展しないといけないんだよ!! ムキになるなよ」

 翔のどなり散らす理由がわからない透は、あきれて笑い、ふざけて「ドードー」と馬を静めるマネで、翔の顔をあおいだ。

「いーえッ、ムキになっていただきましょー」

 その声に、二人はギョッとなって後ろを振り向いた。

 黒のタカが再び姿を現した。

 まだ沙那子の姿をとっている。よっぽど気に入ったのだろうか。

 彼女を見る二人の顔が険しくなっていく。

 彼女は無造作に二本の広刃の両手剣を二人の足元に放り出す。

「ミスを犯してしまいました。申し訳ございません。わたくし、ちょっとズルをしてしまったんでございます。お迎えに上がらないといけなかったのは、お一人だけだったんでございます。二人ともイシュカ様のお父上と同じ匂いがするものでございますから……おふたりともおつれ申し上げたのですけど、ホラ、あの女をイシュカ様の元にお届けした際に、おしかりを受けてしまいまして……もう一度、再検討しなけりゃならなくなったんでございます。で、そこで提案なんでございますが、おふたりでホンモノを争っていただきたいんでございます。ホンモノなら、金の神ご自身でございますから、ラクラク勝利いたしますでしょ? ね?」

 二人はヌケヌケとしゃべりまくる黒のタカをあきれたように見つめていた。

 見る間に剣は砂ぼこりに埋まっていく。 

「まー……これだけ失礼させていただいたわけでございますし、タダでしていただくわけにもいきませんわね……そこで、わたくし考えたんですけど、あの女を勝利者の賞品にさせていただきますわ。おふたりのどちらかの……おふたりにとって、あの女は失いたくないものでございますわよね?」

 黒のタカはウキウキした調子で言いつのる。

 翔の瞳がチラリと光った。

 透も今までのヘラヘラ笑いを引き締めた。

 二人は無言で向かい合い、見つめあっていた。

「さぁ、剣をお取りくださいませ」

 沙那子の顔で黒のタカはにっこりと微笑んだ。

 まず最初に翔が剣を取った。そして、近くの草むらのなかへカバンを置いた。

 透はカバンを放り、剣を拾いあげた。

 風に吹かれ、砂ぼこりが吹き飛び、二本の剣の刃が、太陽にギラギラと照り返る。

 翔の剣先がユラユラと揺れ、わずかに黒のタカのほうへ傾けられた。

 透がそれのしぐさを真剣な顔で探り、低くささやいた。

「行くぞ……」

 透は両手に剣を構えた。

 翔の顔から、優しげな表情が失せ、透の言葉にうなずいた。

 二人は向かい合って、剣を交えるべく、踏み込んだ。

 黒のタカは手をたたいて、叫んだ。

「これで、わたくし、苦もなく任務を終え……グフッ!!」

 次の瞬間、黒のタカが口から泡立つ黒い血を吹き出した。

 女の腹部に交差して、剣がそそり立つ。

 まっ黒い血が、ねっとりと二本の剣の刃にしたたり、翔と透のつかを握り締める手を染めていく。

「バーカ、なーんで、俺がこいつと殺し合わなけりゃいけねぇんだよ」

 透はそう吐き捨て、ズブリと剣を黒のタカから引き抜いた。

 翔は何も言わず、ゆっくりと剣を引き出していった。

「おまえが、最初に剣を取ったとき、実を言うと、ちょっと冷や汗をかいたよ」

 透は黒い血のぬめる剣越しに翔を見ながら、笑った。

「アハハ……それはごめんなさい」

 透は放り出したカバンを取りに行った。

「おまえが剣先をあのヘンな女に向けなかったら、俺たち、ほんとに切り合ってたかな?」

「そんなこと、ないよ」

 翔は何げなく答えながら、ぐったりとうつぶせるダークエルフの体を足で仰向かせた。

 沙那子の顔が突然の苦痛に歪んでいた。

 自然に胸のうちから沸き上がる言葉が喉をついて、翔の口にほとばしった。

「六道さんの顔、勝手に使いやがって……!!」

「あー? なんか言ったか?」

 透が大声で聞き返す。

 翔はクルリと透を振り向き、つぶやいた。

「なんか、殺すことなかったかな……」

「いいッ、いいッ! 俺が許すッ! 俺たち、殺し合わそーなんて考えるよーなヤツは、死んじまってもいいんだよッ!!」

 翔はあきれたように、「透はゴクドーだなー」

 カバンを草むらから拾いあげ、片手にもった剣を振るい、血ノリを飛ばした。

 透もそれを見てまねた。

「そーいやぁ、水のある方向って、どっちだったっけ?」

「あっ……わからなくなっちゃった……」

 翔は青ざめた。

「えーっ!? どうすんだよ、早く探せよ」

「そんなぁ……急に言われても……ちょっとまっててよ」

 風のなかに目をつぶって立つ翔の周囲を、透がウロウロしている。

「まだかー?」

「そんなことすぐ分かんないよ」

 イライラする透は翔の腕をムンズとつかみ、「もう、こっち、行こ! こっち、ハイ、こっちに決まりッ!」

 透が翔に示した方角に何か変わって見えるものなどなかった。

 翔は周囲を神経質に眺める。透が自信たっぷりに、この未踏の地を突き進んでくれなかったら、たぶん、自分の不安におしぶつされてしまっていただろう。

 翔は陽気な友の背を見つめ、考え込んだ。

 自分はこの親友がいなくなってしまったら、どうなってしまうのだろう。

 翔は絶対に倒れることのない堅牢な柱にすがるように、透に頼り切っていた。翔の魂にしっかり染みついてしまった孤独への恐怖感でさえも、透にしか癒せないのだ。

 透がそばにいてくれるからこそ、自分は安心して人並みにだれかを愛し、それを自分も感じていられる。

 透は背中で翔の気配を感じていた。

 自分たちの世界にいたころ、両親を無くし、なにかお互いに欠けたものを手探りしながら打ち明けあっていたときに抱いていた翔への友情は、支えあい、慰めあうものに近かった。

 もしかすると、翔は俺がおらんな、崩れてしまうんとちゃうんか? 

 この世界に来て、その考えに確信をもちはじめていた。

 翔には精神的に母親に非常によく似ている。もろくて、傷つきやすい。彼のおとなしい仮面の下で、彼のペルソナは閉じ込められ、与えられる苦痛を発散できずにあえいでいる。

 透にはそれがわかっている。

 こいつを守ってやれるのは、俺だけなんだ。俺はこいつのそばから絶対離れたらいけねぇんだ。

 荒野は無情に顔も変えず、広がり続けた。

 二人の思いは黙々と進み続ける歩みに閉じ込められていった。

 黄ばんだ学ランの裾が、ハタハタといたずらな風にひるがえる。

 風は二人の足跡すらなめ尽くし、彼らが地平線に消えていくのを眺めていた。

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