第10話 バイバイ

 俺らはもう力は使えない

 世界にはいろんなものが戻ってきたから

 俺らはいなくなる


 色も音もニオイも

 美味しいもあったかいも

 辛いも痛いも

 誰かの声も

 キスの感覚も

 誰かとの間隔も

 いろんなものが戻ってきたから

 そのために俺らは戦ってきたから


 戻ってきたからもういいんだ

 おかえりなさい




 五感が戻っていくことに慣れないものも多いが、みんなそれぞれに少しずつ、まるで赤子のように1つずつ感覚を確かめていく。


 能力者もまた同じだ。1つだけ優れたもの、六感人やシックス・センスの持ち主はいまや過去の人。俺らは時代の1ページになった。あの人の日記のように、ペラっとめくれる一枚になった。


 俺の目はもう何も映さない。能力者の皆にはそれぞれ副作用が残った。先輩の手足なんかもう目も当てられない。まあもう見えないんだけど。というかあんな動きをしてたんだから当たり前だけどね。義肢が先輩のことを嫌ってるみたいで、今必死にリハビリしている。カヨさんの目は俺と同じで何も映さないけれど、片目だけは見えるようだ。俺の方が重症だ、って叱られた。叱られたといえばゴウさんだ。あのうるさい口は二度とあの声を発することはない。いいや小さい声で謝ってばかりいる。俺はそれがおかしくてしょうがない。あんなに怒鳴っていたゴウさんはどこに行ってしまったのか。俺がケタケタ笑うと、ゴウさんは俺を小さい声で叱る。



「お前は見えても見えなくても変わらないな、うるさいぞ。余計なことを喋ってないで、動け」


「はーい、ゴウさんも変わってないっすよ」




 そうして俺らは戦いの後、静かに静かに暮らした。激動の世界は終わったのだ。今振り返れば俺らができたことはただ戦っただけ。それこそ怒鳴ってわめくようなことだったのかもしれない。手足をばたつかせてごねることだったのかもしれない。泣きじゃくって大笑いして、怒り狂ったあの戦いのでさえ、こうして終わるんだから。俺らはなんでもできるのだ。


 俺の目はもう何も映さない

 だけれどそれでもなんら困らない

 だれかをみるのにめは必要ない

 めがなくたって大丈夫

 俺がしてきたことを

 俺が戦っていたことを

 誰も覚えてなくても大丈夫



 俺はやっぱりあの人のところへ行くことに決めた。あの人は入院していたが俺を見ると怒った。なんだそれはと聞かれる。なんだ、と聞かれたら俺だと答えるしかない。彼だって副作用で痛みに襲われ、鎮痛剤を使ってベットにくくりつけられている。歩く練習の痛みに耐えていると聞いて、きっとまたあの怖い顔をさらに怖くしているんだろうな、と少し笑えた。


 俺、あんたに見つけてもらってよかったよ。そう言ったらすごい嬉しそうな声がした。本当に嬉しかった。だけどその顔が見えなくて、俺は、



「なあマル。お前、俺が分かるのか?」


「わ、わかるに、決まってるじゃん」


「よくやったな」


「うん」


「家に、」


「あんな空っぽなところ嫌だ!俺の家はあんたのいるとこだよ。俺を傷つけたらみんな怒るよ、カヨさんなんかキレるよ!」


「それは怖いな」


「た、だからさ、あのほら。たっ、ただいま!」



 しばらく時間が空く。慌てて俺は口を開く。



「はは、ほら一応出るときいってきます、したし!戻ってきたから、言わなきゃって」


「わかったわかった」



 頭を撫でられている。あの無口な、日記だけやったらめったら喋る所長に。



「おかえり、マルヤマ」


「所長!た、ただいま!」



 それからそれからしだいに嫌煙されていた音楽も復活した。

 悪いのはそれじゃない、それを使う人の方だ。

 悪いのは人じゃない、そんなものがあるからだ。

 悪いのは俺らじゃない、あいつらだ。先に使ったのはあいつらだ、俺らはその仕返しだ。


 どんなに優れた道具も、感動する言葉も、強力なチカラも頭のいいカメラもただそこにあるだけではなんらそのまま、そこにあるだけだ。変わったチカラを持つ人だって、使わなければそこにいるだけだ。


 そんなものたちを研究した人がいる。産んだ人がいる。使うように仕向けた人がいる。商売にした人がいる。思ったように使われないこともある。


 いいわるいの話ではない。順番の話でもない。大事なところはそこじゃない。そうして不毛な争いを続けていき、また戦争が起きる。終わらない戦いの歴史。俺は全力でそれを止めに行く。そうしようと決めた。



「私、その曲大好き、なんていうの?」


「バイバイっていうんだ」


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