帝都歓楽街


           *


 欲望の街、帝都歓楽街。今日も魔街灯が煌びやかな光を放っている。周囲には、呼び込みや立ちんぼしている嬢がチラホラ。


 は、入り辛いなぁ。


 と躊躇していると、突然、ヤンの肩をトントンと叩いた。振り返ると人相のすこぶる悪い、ガリッガリに痩せた男が立っていた。右頬には大きな傷が刻み込まれている。


「バクセンさん! お久しぶりです!」

「おお、嬢ちゃん。元気そうだなー」


 バクセンは帝都貧民街の商人だ。かつて、イルナスとともに、天空宮殿を脱出した時に世話になった。そして、その縁でヤンのお抱え商人として色々やってもらっている。


「その後、上手くいってますか?」

「へへっ……いや、実はナンダルさんの紹介で貴族街に一軒店を出すことになって」

「そうなんですか!? 凄いですね!」


 そう言うと、バクセンは照れ臭そうに頭をかく。


「本当に、何から何まで嬢ちゃんのおかげだよ。前は、明日食うにも困るくらいの、細々とした商売だったんだ。いや、俺みたいなのが、いいのかなって時々思うんだ」

「何を言ってるんですか。いいに決まったらじゃないですか」


 ヤンは力強く頷く。元々、人生は平等じゃない。運も地べたに転がっている訳じゃない。突然、降ってきた時に掴めるかどうか。それが、重要なのだ。


「……」


 とすれば、これ以上ないくらいの異常な運を掴んだ男がモズコール=ベニスという男なのだろう。


「いや、しかし、まさか嬢ちゃんが、あの歓楽街の帝王アーナルド=ドアップのお知り合いとは……驚いたよ」

「歓楽街の帝王というか、ただの変態ですけどね」

「ははっ! なんだそりゃ」

「……」


 バクセンは大いに笑うが、笑い事ではない。


「モズコ……アーナルドさんて、そんなに有名なんですか」

「有名なんてもんじゃねぇよ。もう伝説レジェンドだよ、伝説レジェンド

「……」


 英雄ヘーゼン=ハイム。豪商ナンダル。ここまではわかるが……歓楽街の帝王? 伝説レジェンド? 痛めの変質者アーナルド=アップじゃないのか。


「ちなみに、どんな風に有名なんですか?」

「えっ、お前、知らねえの!? あの帝都歓楽街を取り仕切る『赤ちゃん』のおしゃぶりをーー」「もう結構です」


 ヤンは強引に、途中でなんとしても会話を打ち切った。


「でも、よかったです。一人じゃ、ここ入りにくかったんです」


 といっても、まさか同じ学院卒のロリー=タデスや、ヴァージニア=ベニスなどを連れて行く訳にもいかない。


 ……ヴァージなんて、もし、正体を知ったら殺すだろうなと思った。


「いや、実は俺も風俗界隈にはあまり詳しくないんだ」

「えっ、そうなんですか!?」

「いや、なんだか俺は貧乏性みたいでな。ナンダルさんもそう言ってたが、金がもったいなく感じてダメなんだわ」

「……そ、そうですか」


 顔に似合わず、真面目なんだなと思った。まあ、しかし、ヤンも同じだ。一生懸命に働いたお金が、一瞬の快楽に消えることにどうしても抵抗がある。


「と言う訳で、もう一人若手を呼んでおいたんだが……」

「おいっすー!」


 その時、若手のチャラそうな男がやってきた。


「おい、マル。おせえよ」

「ヘヘッ、すいやせーん」

「紹介するよ。これは、俺の付き人のマルドナード。帝都歓楽街に詳しいから連れてきた」

「よろしくーっす!」

「よろしくお願いします」


 なんだか、フットワークが軽そうな人が来た。どちらかというと、社交に強いタイプだなとヤンは分析する。


「しかし、お前、あんだけ働いてよくその金を歓楽街にぶち込めるよな」

「何を言ってるんですか。若いうちに遊ばなきゃ、いつ遊ぶんですか。地獄まで金は持って行けませんよ」

「はぁ……まあ、お前がよければいいけどよ」


 バクセンは小さくため息をついてつぶやく。ここら辺は、人の価値観と性格によるだろうなと思う。


 帝都歓楽街を歩くと、チラホラ、マルドナードが呼び込みから声をかけられていた。どうやら、知り合いは多いらしい。


 やがて、一軒の店が見えてきた。そこには、門番の男が2人立っていた。


「嬢ちゃん、帰んな。こんな街にいたら危険だぜ?」

「あの、今日はアーナルド=アップという人に会いに来たんですけど」

「……バカいっちゃいけない。あの方に、お前みたいに乳臭いガキが、会えるわけがないだろう? 家帰って、ママのミルクでも飲んでな」

「……」


 やはり、モズコールが、何者かになっている。つい、1年くらい前までは『私は現場主義です。おっ○いいりませんかー』って精力的に呼び込みかけていたのに。


「これ、フリーパスです」

「……」


 差し出された羊皮紙を、門番はジロジロと見る。そして、ボソッと言葉を投げかける。


「哺乳瓶のミルクは?」

「常温より、ややるぬめで」

「……入ってくれ」


 3人は、館の中に案内された。


「……」
































 これ……すーも言ってるのかなと、ヤンは、ふと思った。




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