モズコール=ベニス


 店の内装は豪奢だった。一つ一つのテーブルの間が広く、よほど大きな声でない限り、会話が聞き取られないようになっている。


 帝都歓楽街の利用者でも、主に、富裕層でも上客の部類をターゲットにしているのだろう。


 さらに奥の個室へと向かうと、そこにはモズコール=ベニス……もとい、アーナルド=アップが座っていた。


「ようこそ、いらっしゃいました」


 礼儀正しい紳士が、今日も深々とお辞儀をする。一見、見れば爽やかな中年男性。


 だが、モズコール=ベニス。生粋の変態である。


「いつ見てもギラギラしてますね、この町は」

「フフ……欲望の町と、ここは言われていますが、私にはどうにもしっくりこないですね」

「……」


 変態が含み笑いをし、カクテルを飲んでいる。


「と言いますと?」

「き、聞きたいっす!」


 一方でバッカスとマルドナードは、伝説レジェンドのお言葉を、一言一句聞き漏らすまいと喰い気味に耳を傾けている。


「帝都歓楽街の客層は、主に貴族、商人です。婚姻もして子どもも産まれて順風満帆。お金にも余裕がある。だが、彼らはどこか満たされない気持ちでいる。何でだかわかりますか?」

「……いえ」

「持て余すんですよ」

「持て余す?」

「人は長期的な関係性を持つと潜在的に抑圧される。相手のことを考え、あるいは嫌われないために、自身の欲望を知らないうちに持て余し、ひた隠す」

「……」


 モズコールはカクテルのチェリーを美味しそうに食べる。


「帝都歓楽街は、そんな彼らの隠された欲望を見つけ、解放をする。つまりは、そういうことです」

「「「……」」」

「だから、私から言わせると、帝都歓楽街は……欲望を持て余す街ってところですかな」

「……」


 変態が何やら語っている。


 だが。


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「いや、深い」

「本当に深いっす」

「……」


 いや、変態。


「それにしても、変わってますね。この部屋は、ガラス張りで外の様子がよく見える」

「超VIP用の個室なんです。他の方々が必死に女性を口説いているところを、酒を飲みながら眺めるんですよ」

「あ、悪趣味」


 恐らく、支配的な欲求を持つ者なのだろう。自分は、他の富裕層とは違うんだという差別的な欲望。確かにモズコールは、彼らの隠された……持て余した欲望を汲み取るのが上手い。


「それで、ヤン様。今日は何をしに来たんですか?」

「上級貴族から聞いている噂で、皇族関係のものを集めて欲しいんです」

「ほぉ……」


 瞬間、モズコールは渋い表情を浮かべる


「上級貴族ともなれば、保身の仕方も心得てます。彼らが皇族などの情報など、果たして漏らすでしょうか」

「はい。だから、もう少し、上の貴族です」


 皇族と直接の繋がりがあり、普段から抑圧された想いを抱いている超名門貴族たち。狙うとすれば、彼らだろう。


「……なるほど。しかし、昨今は帝都歓楽街も、なかなか厳しい事情でして」

「……」


 ヘーゼン=ハイムの開発した蓄音機。これが、準公式証拠に採用されてから、上級貴族がこぞって警戒を始めた。


 帝都歓楽街も例外ではない。モズコールは、逆にそれを逆手に取り、盗聴不可能な結界を張り、プライベート空間を準備することで、より上級貴族を集約した。(ヘーゼン=ハイム作)


 したがって、前のように、先行者利益で言質を取りまくれない。


「……どうしたものですかなぁ」


 モズコールの表情が、ますます渋くなる。


「あっ、言い忘れていました。すーから手紙を預かっているんです。読みますね」


 ヤンは、そう言えば預かっていた手紙を開けて読むーー


 !?


「はっ……くっ……」


 な、何を考えているんだ、あのすーは。


「な、なんですか? 何が書いてあったんですか?」


 モズコールが興味深々に近づく。


「あ、あの……すーは成果主義なので、功績を立てたら、それに報いるそうです」

「なるほど、馬にぶら下げたニンジンですな。しかし、このモズコール=ベニス。中途半端な餌では、見向きもしませんぞ」

「……」

































「……なんでも一つ願いを聞いてくれるそうです」

「えっ?」

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