ラージス伯


           *


 遡ること数時間前、ヤンは港町エルデカリスに到着した。そして、周囲を伺いながらリィアットと密談をする。


「久しぶりー。元気だった?」

「な、なんでそんなにノホホンとしてるの!? すぐに、ガルサロスの洞窟に向かって」

「わ、わかった」


 成長したなーと教え子に感心しつつ、リィアットがまとめてくれた報告書を読みながら港町エルデカリスを出て、竜騎を走らせる。


 すると。


 ガルサロスの洞窟には、数百の竜騎兵団が張っていた。中には数人、明らかに次元の違う強者の気配を漂わせている者もいる。


「……」



 これは、マズいなと思った。仮にイルナスが海聖ザナクレクとの交渉に成功したとしても、挟撃にあって捕縛されてしまう。


 ヤンは木陰に隠れて、雷帝ライエルドの幻影体ファントムを召喚する。


「出番です」

「ゴホッゴホッ……さ、最近、人使いが荒くないかのぅ?」

「またまたー。内臓3つくらい出してもいいですから」

「……っ」


 白髪ガリガリの老人は、ガビーンとしながら悲しそうな表情で魔法を唱える。


雷獣らいじゅう


 ヤンは、高速移動魔法で待機している竜騎兵ドラグーンの側へと移動し、手刀で気絶させる。そして、魔杖『魔鏡変化まきょうへんげ』で、その竜騎兵ドラグーンへと成り変わった。


 そして、待機すること数十分。交渉は成功したらしく、意気揚々と船が出てきた。


「がっはっはっは! どーだ! 俺の船はよぉ!」

「……っ」


 派手。やはり、海聖ザナクレクは、圧倒的に隠密行動に向いてない。


 それから、当然の如く見つかって、竜騎兵ドラグーン団からの奇襲を受けた。船が真っ二つになり、宙に浮いた状態のイルナスたちを見ながら、彼らを一点に集めなければと思った。


 ヤンは、戦闘のどさくさに紛れて、大海賊アルゴランの幻影体ファントムを召喚した。


 顔面シワだらけ。髪は癖っ毛で、眉も髭も無造作に生やしっぱなし。片手で、常時、酒飲んでる。


 ガッツリ老人の酔っ払いだ。


「ワシ、カッコいい?」

「えっ、ええまあ」


 ジジイになってすら、承認欲求の塊なところ、全然カッコよくない。だが、その言葉に満足したのか、大海賊アルゴランは、手に嵌め込まれているフック型の魔杖を翳す。


縛風ばくふう


 風の魔法は汎用性があって便利だ。仲間たちをギュウギュウに集めたのちに、死にかけジジイの『雷獣らいじゅう』×10で移動した。


「おぶろぉげえええろあろろろろろろりろろろげえええろあろろろろろろりろろろらおおおおおおおっっ」

「……」


 雷帝ライエルドの内臓が、ほぼすべて出ちゃう被害は発生したが(見慣れた)、やっと……やっと助けられた。


 やった。


 助けることができた。


 完全にそう思った矢先だった。


            *


「こ、こんにちは、ラージス伯さん。お久しぶりです」


 やっちゃった、と思いながらも、ヤンはしっかりと挨拶する。尾行を完全に怠っていた。全然、気づかずに、安心しまくってた。


 地味にヤバい人、呼び寄せちゃった。


 ラージス伯の空間を操る魔杖『虚空ノ理こくうのことわり』は、ハッキリ言って強力チート過ぎる。


「ヤンちゃーん」

「あっ、ベルベットちゃーん」


 ……派手でヤバくない副官もいる。


 そして。


 周囲を取り囲んでいるのは、ヘーゼン=ハイムすらも認めた帝国の最強暗部だ。ヤバい……ハッキリ言って、ヤバ過ぎる。


 ヤンは、内心全然笑ってない笑顔を浮かべて、脳内を高速でフル回転させる。


 一方で、ラージス伯もまた、地味な笑顔を浮かべて話しかけてくる。


「久しぶりだね。反帝国連合国との戦振りかな?」

「そうでしたね。あの時は、いろいろお世話になりました」

「こちらこそ。いや、それにしてもイルナス皇太子殿下が見つかって本当によかった。これで、任務も終わりだね」

「……ははっ」


 そうだ。すっかり忘れていたが、ヤンは『イルナスを救出するため』という名目だった。


「……」


 さて。どうしたもんか、とヤンは思う。ラージス伯の反応が地味過ぎて、思考が読めない。アウラ秘書官の指示で動いているようだが、内心では何を考えているのか……


「……」

「……」


 んお顔が地味でよくわからないー。


 その時。


雪月花せつげつか


 ラシードが神速の超高速抜刀を放つ。すると、暗部の面々の首が一瞬にして霧散した。


「ちっ……やっぱり、幻影体ファントムかよ」

「……ベルベットさんの能力です」


 彼女の魔杖『幻影ノ欠片げんえいのかけら』を発動させる。これは、対象の幻影ファントムを複数体創り出す効果を持つ。


「……」


 そして。


 ラシードが危険を感じて剣を抜くほど、ラージス伯に不穏な気配を感じたのだろう。隙を見せたら、地味に、いつの間にか捕まってそうだ。


「大陸最強格の剣士を相手に、不用意に近づくほどバカじゃないよ」

「……」


 ラージス伯はわかっているのだ。魔法使いの戦闘が相性と組み合わせであることを。大陸トップ級だろうと即席の反帝国連合国の複数人よりも、よほど厄介だ。


 対して。


 アル中×2……虚弱瀕死ジジイ……ナルシストアル中……老害。


「……っ」


 ん絶対勝てない(確信)。チームワーク、マイナス50万。いくら、大陸トップ級とはいえ、クソの集まりでしかない。


 ヤンはチラッと周囲を窺う。


 事態は刻一刻と変わっている。この場で、あまり停滞をするのはよくないのだがーー


「周囲が気になるかい?」

「……っ」


 この思考も読まれている。


「安心してくれ。彼らには、周囲に気づかれないように結界を張ってもらっている。短時間ではあるが、大陸トップ級でも気取られないよ」

「……何がお望みですか?」


 ヤンが尋ねると。




























「イルナス皇太子殿下とお話しさせてください」

「……っ」

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