救出


           *


「がっはっはっはっ! よーし! 行くぜ野郎ども!」


 海聖ザナクレクが叫び、数人の部下とともに走る。イルナスとラシードも後に続く。


「どこに行くの?」

「ガルサロスの洞窟の対面側は川になってて、そこから海に繋がってる。船に乗り込みゃこっちのもんよ」

「……」


 なるほど。ここを会談の場所にしたのは、そういう訳だったのかとイルナスは納得する。


「にしても! いい度胸だ、気に入ったぜイルナス皇太子!」

「ゲホッゲホッ!」


 海聖ザナクレクが上機嫌そうにイルナスの背中をバンバンと叩く。


「この後は、俺に任せとけ! とっておきの大脱出劇を見せてやるぜ! がっはっはっはっ!」

「でも、魔軍総統ギリシアの能力だと、すぐに追いつかれちゃうよ!」

「ヤツの能力は、そこまで万能じゃねぇさ。船に結界を仕込んでるから、ヤツは仲間を連れて来れねぇ」

「……」


 なるほど、よく考えられている。それならば、大海へと船を向かわせれば、こちらの勝ちとなる可能性は高い。


 そして、走ること10分。水の流れているところに到着した。そこには、大きな船が一隻設けられていた。派手で豪華な装飾が施されている。


 海聖ザナクレクと部下たち、そして、イルナスとラシードがすぐさま乗り込む。すると、すぐさま船は猛烈な勢いで前へと進む。


「飛ばされんじゃねぇぞ! がっはっはっ!」

「いきなりとんでもない速さ!?」


 イルナスが船の下を覗き込むと、船は空中に浮いていた。海星ザナクレクの魔杖『荒震者ノ烈斧あらぶるもののれつふ』は物質を自由自在に移動させることが可能だ。


「がははははははははははははははははっ! おい、お前ら! このまま行くぜ!」

「……」


 数十秒も経過しないうちに、洞窟の外が見えてきた。そのまま船を走らせると、大きな川に出た。

 

「よし!」


 イルナスは小さくガッツポーズを繰り出す。


「がっはっはっはっ! よーし! この川の下流は港町エルデカリスと繋がってる。船団と合流して、そもまま大海に出るぜ!」


 海聖ザナクレクは、勝ち誇ったように笑う。


 だが。


「……っ」


 左右の陸地に、数百の竜騎が待ち伏せていた。彼らは並走しながら、強力な魔法弾を次々と繰り出す。船には、結界が張ってあるが、その衝撃で大きく揺れる。


「ぐああああああああっ! な、なんだコイツらは!?」

「ちっ、竜騎兵ドラグーン団かよ!」


 ラシードは、忌々し気に舌打ちする。砂国ルビナの竜騎兵ドラグーン団は、陸で神速の機動を誇る。その勇猛さも大陸トップ級だ。


 恐らく、ハンフリー団長が指揮していた捜索部隊だろう。どうやら魔軍総統ギリシアのことを、あまり信用していなかったらしい。


「このままじゃ、持たねぇ! ちと目立つが空に上がるぜ!」


 海聖ザナクレクが叫び、船を上空へと動かした時。一騎の竜騎兵ドラグーンが剣型の魔杖を振るう。


断空だんくう

「うわあああああああああああっ!」


 瞬間、船が真っ二つに切断されて、イルナスたちは川へと落ちる。


 だが、川へ叩き込まれる寸前で、空中で止まる。海聖ザナクレクの魔杖『荒震者ノ烈斧あらぶるもののれつふ』で、衝突はなんとか食い止めた。


「なんだ、あの化け物は!?」


 海聖ザナクレクが叫ぶと、ラシードが忌々し気につぶやく。


「副団長のカリスだ。竜騎兵ドラグーン団だけでも面倒なのに、厄介な野郎がいやがる……おい、ザナクレク! このまま俺たちを上空に連れて行けるか?」

「当たり前よ! 船は惜しいがあきらめーー」


 そう言いかけた時。


黒鴉くろからす


 上空から数千の黒い物体が落ちてくる。


「くっ……」


 海聖ザナクレクは、急遽、川の水を浮遊させて防ぐ。


「な、なんだこの邪魔臭え魔法は!?」


 そう叫びながら上空を見ると、そこには、背中から漆黒の翼が生えて悠々と飛翔する男がいた。


「……がはははははははっ! 大物だな、チビのくせに。武国ゼルガニアの魔戦士長オルリオまでいやがるぜ」


 海聖ザナクレクは豪快に笑いながらも、イルナスには強がりに見えた。当然だ。別働隊ですら、反帝国連合国軍のトップ級が複数いる状況。


 マズい……この状況は、絶対絶命だ。


 その時。


縛風ばくふう


 膨大な風の渦が、イルナス、ラシード、海聖ザナクレクと部下たちを包みこむ。


 そして。


 虚弱な老人の幻影体ファントムが、イルナスの手に触れてボソッとつぶやく。


雷獣らいじゅう


 次の瞬間、全員が別の場所にいた。周囲を見渡すと、そこは、竜騎兵ドラグーン団のいる陸地の更に奥側の森林だ。


 そして。


「イルナス様……助けに来ました」

「……っ」


 そこには、黒髪少女が笑顔で立っていた。


 ヤン=リンだ。


「ヤン!」

「へへっ……やっと追いつきました」

「どうやって、僕らを? いや、それよりもどうしてここに?」


 イルナスは驚き質問をするが、ヤンはニコニコしながら答える。


「エヘヘ、その話は、後で。危険は去ってませんから。とにかく、すぐに、脱出しましーー」

「そうはいかないな」

「……えっ?」


 ヤンが声の方を振り向く。


 そこにはラージス伯が笑顔で立っていた。


「……っ」


 イルナスがあらためて周囲を見渡すと、漆黒の制服を着た者たちが無表情で立っていた。そして……その服の紋様には、見覚えがある。


「……」


 間違いない。


 帝国の暗部だ。


 そして。































 イルナスは、ヤンの久しぶりのガビーンを見た。

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