帝国
*
イルナスは、片膝をつくラージス伯をジッと見つめる。
「今更、僕と何の話がしたいんだ?」
「将来の帝国の話ですよ」
「……聞こう」
「ありがとうございます」
そう言って、ラージス伯もまたイルナスの瞳を見つめて話し始める。
「恐れながら、私は、リアム皇子では皇帝足る器にはなれないと感じています」
「……なぜ?」
「彼を担いでいるデリクテール皇子。あの方は、あまりにも潔癖過ぎる。私は、暗部出身なので、帝国の汚い部分を嫌というほど見せられていた」
「……だから、エヴィルダース皇子についたと?」
その問いに、ラージス伯は首を縦に振る。
「あの方には、大多数の貴族は従わない。人は決して理想論では動かないからだ。そして……少数派閥の皇帝は悲惨だ。何の意見も通らず、孤立して、果ては狂う。やがて……皇帝は臣下の粛清を始めようとする」
「……」
数人、そんな皇帝を知っている。いずれも、権力闘争だけで、暗殺の憂き目に遭い、その任期が終わった短命の政権だった。
「12大国として分裂している状況であれば、それでもよかった。ですが、時代は変わりました。帝国は、もはや、1つの大国であるという範疇を超えて肥大化してしまい、それに対抗すべく、反帝国連合国が生まれました」
「……」
「帝国は、もはや立ち止まることは許されない。そして……そんな内輪の抗争を繰り広げているうちに、反帝国連合国が、どんどん帝国を侵略していくでしょう」
「……」
「そして、イルナス皇太子殿下の状況はなおさら最悪です。あなたが皇帝となれば、宮殿内のほとんどを敵に回す」
「……」
イルナスは、以前、似たような事を言われたことを思い出した。
ヘーゼン=ハイムだ。
*
イルナス皇太子殿下。あなたは、普段から馬鹿にしていた者が自分の上に立つことを快く許せますか? 許せないでしょう。
仮に皇帝となった時。あなたは自分の尊厳を踏みにじった者を、宮殿の要職に就かせますか? あなたの子を嫁がせますか? なにか慈悲を与えようという気になりますか?
*
……昔、あの男は自分にそう言ったのだ。
そして。
僕に……できるだろうか。
イルナスは、自身に問いかけ、少しだけ目を瞑る。
「清濁を併せ持つ器がいないのならば、私は汚濁に塗れた方を器に据えたい。それで、今の帝国は弱りはしますが、滅亡はしない」
「……その生き方で、満足か?」
「すべての人を満足させることなど、出来はしない。私は、帝国将官です。より多くの民が不幸にならないように……反帝国連合国の奴隷となって、尊厳が踏み躙られないように、導く義務がある」
「……そうか」
そうつぶやき。
イルナスは目を開けてジッと見つめる。
「平民の子ども……」
「え?」
突拍子のない言葉に、ラージス伯は聞き返す。
「平民の子どもとして、学校に入ったんだ。それで、しばらく、平民として生活を送っていた」
「……」
「楽しかったよ。友達ができた。ラゴ、ジスル、バルラ。もっともっといっぱいいる」
「……」
「話していくうちにわかったよ。いろいろな性格の子がいる。ワガママな子、優しい子、臆病な子。中には自分勝手な子もいたかな」
「何が言いたいんですか?」
ラージス伯が尋ねると、イルナスは笑顔を見せて答える。
「もっと、話せばよかったな……そう思ったんだ」
「……」
「思えば、天空宮殿には敵しかいなかった。そう思ってたんだ。自分の部屋に閉じ籠り、グレース、母のヴァナルナースくらいしか話さなかった……みんな、敵だと思ってたんだ」
「……」
「でも……ヘーゼン=ハイムと出会って、ラシードと会って、ヤンと会って……いろいろな人と話して、過ごして……泣いて、怒って、笑って……思ったんだ。もしかしたら、変えられるかもって。もしかしたら……変えられたのかもって」
「……」
「……近所の人たちはよくしてくれたよ。学校の子たちとも友達になってくれた。敵だった海聖ザナクレクは……僕の味方になってくれた」
イルナスがチラッと見ると、白髪の老人は照れくさそうに顔を赤くする。
「だから……話してみる。いつか、僕が天空宮殿に戻って、皇帝になったら……彼らと納得いくまで話をしてみる。彼らの話を聞いて、なんとか一緒に歩めないか……悩んでみるよ」
「……」
その眼差しに、迷いはなかった。
「それが……あなたの答えですか?」
「ああ。僕はあきらめない。人が人と分かり合えないのは、分かり合う努力が足りないからだ」
「……」
「少なくとも、僕は、彼らと何も話をしていない……まだ、僕は……何もしていない」
「信じられないですね。あなたを迫害してきた彼らを……エヴィルダース皇子を、あなたは『許せる』と言うのですか?」
「……」
「あなたも、デリクテール皇子のように……いや、あの方よりも、よほど馬鹿げた理想論を振りかざすのですか?」
「わからない」
「……」
「でも、話してみる。あの人の……兄の気持ちを聞いてみて、僕の気持ちも伝えてみる」
「……」
「そうして……そうやって、僕は生きていきたいんだ」
イルナスのハッキリとした声は、その場に響いた。
「……わかりました」
ラージス伯がボソッとつぶやく。
そして。
その瞬間、地面から光が立ち昇る。
「「「「「……っ」」」」」
イルナス、ヤン、ラシード、海聖ザナクレク、そして、他の海賊たち……その場にいる全員の身体に、糸が巻き付き、身動きが取れなくなった。
「実は、会話を引き延ばしていただけなんです。全員を捕縛するためには、ある程度時間が必要なのでね」
「……っ」
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