天意
*
トントントン。
「へーゼン、いる? 入るよ」
その日の夜、カク・ズが部屋に入ってきた。へーゼンは仕事を終え、着替えをしているところだった。
「ちょうどいいところに来た。今から、出かける。一緒に来てくれ」
「えっ! ヤンところに!?」
「違う。星読みグレース様のところだ」
「……」
納得のいかないその答えに、巨漢の青年は、顔を歪ませる。
「へーゼンは心配じゃないの!?」
「心配というのは、打つべき手を打っていない者がすることだ。僕に不安はないよ」
「……」
その揺るぎないまなざしを見て、カク・ズは少しだけは安心したが、未だ不満と不安は残る。
そんな様子を眺めながら、へーゼンは小さくため息をついた。
「はぁ……君といいラスベルといい、エマといい。みんな、あの子のことが気になるのだな」
「……だって、心配なものは心配なんだから、しょうがないじゃないか。へーゼンにはわからないだろうけど」
もちろん、ヤンのことは信頼している。実力に大きく波はあるが、上振れすれば大陸トップ級とも十分に渡り合える実力だ。
話を聞くと、史上数人しか契約したことがないと言われる上級精霊とすら契約したと言う話だ。今後、どれほどの器になるのか検討すらつかない。
「……」
だが、カク・ズの中で、どうしても幼児の頃のヤンのイメージが抜けない。トテトテと、あの小さな身体で、ホゲーっと前線に出てしまいそうな。
気がつけば、フッと消えて、いなくなってしまいそうな……
だから、居ても立っても居られないのだ。
正直な話を言うと、カク・ズも身体がボロボロだ。毎日毎日、
だから、自分が何かできることもない。駆けつけて行ったところで、何か助けてやれる訳じゃない。
だけど……
「ふぅ……だから、『君にも来て欲しい』と言ったんだ。星読みのグレース様であれば、僕や君が知りたいことにも答えてくれるだろう」
「……」
星読みは5年に1度執り行われる真鍮の儀で、次期皇帝である皇太子を選定する。だが、彼女たちの中には、未来を予知する強い力を持つ者たちがいる。
星読みグレースは、その筆頭だ。
「それは……ヤンが無事ってわかれば、安心できるってこと?」
「いや。ダメでもダメとわかれば、あきらめもつくってこと」
「……っ」
ガクーっと。
巨漢の青年は、大きな肩を下ろす。ダメだ、この感情のない友人は。絶対に身体に血が通ってない。冷血人間だ……冷血人間。
数分後、邸宅の扉を開けると、数羽の鴉がバタバターっと、飛び出つ。
「……」
なんで、邸宅の前に……ますます、不吉だ。へーゼンもまた、ジッと鴉を見つめていたが、やがて、馬車に乗って星読みの館へと向かった。
その道中。
ガタガタガタン!
「な、何!? ど、どうしたの!?」
「すいませーん! 右の車輪がぶっ壊れたみたいで」
「……不吉」
「いや、カク・ズ。君の体重だろう。さっきから、馬車が斜めで、えらい事になってるから」
巨漢の青年は、度重なる極烈な訓練で、圧倒的な筋肉圧縮が行われている。体重は300キロを超えており、もはや、人外レベルに達している。
まあ、確かに重いってことは認める。
「……」
でも、だからって。
車輪が壊れるか?
「へーゼンは迷信を信じないの?」
「信じないが、利用はするよ」
「……」
ドライな考え。
カク・ズは、ますます嫌な予感を抱える。
そんな中。
ブチブチブチ。
「あっ! ズボンが……不吉」
「食い過ぎなんだよ。心配だ、心配だ言っておいて、ご飯が喉には通るんだな。50キロ越えの肉の塊を食べたって、近衛兵たちが騒いでたぞ」
「……」
不吉……絶対に、不吉だ。
数十分後、星読みの館に到着した。案内人が、すぐさま、部屋へと案内すると、そこには、緑のローブを被った淑女が座っていた。
「そろそろ来る頃だと思ってましたよ」
「……」
この人が星読みのグレース。不可思議な魅力を持つ美女だとカク・ズは思った。
「いろいろとお話は聞いてます。随分と、暴れていらっしゃるそうで」
「そうなんですか? 私は普段と変わりませんが」
「フフフ……それで、非常に暖かく大きな方を連れて、今日は何をしに?」
緑のローブを被った淑女は、巨漢の青年に柔らかな笑顔を向ける。
「あ、あの! ヤンのーー」
「イルナス皇太子殿下とヤンの今後を診て頂きたいのですが可能でしょうか?」
カク・ズの言葉を遮り、へーゼンが尋ねる。
「それは、今の状況ですか?」
「少し先の未来をお願いします」
「……わかりました」
星読みのグレースは頷いて目を瞑り、カク・ズの手のひらの上に、彼女の手のひらを重ねる。
「あ、あの……」
「カク・ズ。そのままだ」
反射的に顔が赤くなる巨漢の青年に、へーゼンは真剣な眼差しで指示をする。
しばらくして。
星読みグレースは、目を開けて、カク・ズの方をジッと見つめる。
「天佑……」
「えっ?」
「あなたは、天意を助ける星ですね。そのような宿星をお持ちでいらっしゃいます」
「それは……どう言う……」
「続けます」
その問いに答えることもなく、グレースは続いて目を瞑った。
それから、数十分は経過しただろうか。みるみるうちに、彼女の表情が曇っていき、額からは一筋の汗が流れる。
そんな中、へーゼンが淡々と話し出す。
「……少し気に掛かっていたのは、真鍮の儀で、グレース様がイルナス皇太子殿下以外の者を選んだということです」
「……」
やがて。
グレースは目を開けて、不可思議に光る瞳でへーゼンを見つめる。
「あなたには、イルナス皇太子殿下の今後が、朧気ながら見えていた。だから、真鍮の儀で反対票を投じた。違いますか?」
「……」
へーゼンの問いには答えずに、グレースは少しだけ瞳を伏せる。そして。そんな彼女の表情に、ますます不安になったカク・ズが、食い気味に質問を投げかける。
「グレース様、ヤンは……ヤンは大丈夫なんでしょうか?」
すると。
「……消えました」
「えっ?」
「2人の天意が……消えました」
「……っ」
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