動向



「んぐっ……んぐっ……ぶっはぁ! うんっめええあああえあえええああえあえっ!」


 ラシードは、まるで九死に一生を得たかのように、酒を悶え喘ぎ飲む。


「……」


 まあ、そんなアル中を放っておいて、イルナスはリィアットに話しかける。


「クーデター軍の状況は?」

「北東の港町エルデカリスで、海聖ザナクレクと交渉している最中です。あくまで、目標は数年後でしたから、ほとんど接待の酒盛りになってますけどね」

「……」


 今、ラシードも同様の接待をしたら、なんでも受けてくれるんじゃないかな、と密かに思った。そして、そんなアル中は、すでに3本目の酒瓶を開け、豪快に言い放つ。


「これから、フミ王の首を獲っちまうってのはどうだ?」

「ヤルからは、酔っ払いの発言は気にするなって言われてますから」

「にゃははは!」


 アル中は、陽気に笑いながら酒瓶に頬杖をする。


「とりあえず、海聖ザナクレクとのコンタクトが取れているようでよかった」


 イルナスが話を仕切り直す。


「ですが、こちらにイルナス皇太子殿下がいるとなれば話は別です。上層部でも、どうするのか激しく議論している状態です」

「……」


 急な状況の変化に、クーデター軍でも意見が割れているのだろう。軟禁して、帝国からの協力を引き出そうなどと考えている過激派もいるかもしれない。


 クーデター軍が裏切る可能性も、イルナスは頭に入れた。


「でも、渦中の僕らにそこまでの内情を話してもいいの?」

「私はヤル派ですから。あの子が、私たちに不利になることはしないと信じてます」

「……」


 大した人たらしだな、とイルナスは舌を巻く。副業だなんだと、片手間でやっていた割には、すでに、クーデター軍において派閥の一角を占めていそうな勢いだ。


「海聖ザナクレクと直接話がしてえな」


 空の酒瓶を左右に傾けながら、ラシードが言う。


「私たちでは、信用ができませんか?」

「信用の問題じゃねぇよ、嬢ちゃん。相手は抜け目のねえ海賊だぜ? イルナスがいなけりゃ、ヤツら交渉の土台にも立たないだろうさ」

「……」


 確かに、その可能性はあるなと思った。強欲で名を馳せている海聖ザナクレクが、一方的な商談を呑むはずがない。


 必ず、『イルナス皇太子を出して来い』と要求をして、主導権を握ろうとしてくるはずだ。


「……」


 反帝国連合国に明け渡すか、帝国に明け渡すか、それとも、薄弱の皇太子イルナスに賭けてくれるのか……今のところ、最後の大博打を選ぶ可能性は薄そうだ。


「反帝国連合国の動きは?」

「北東以外では、各地で竜騎兵ドラグーン団が見張っている状況です」

「予測通りに散ってはいるな」


 ラシードが酒瓶を傾けながらつぶやく。


 南下して、クミン民族のバーシア女王に庇護を求める方法、西へ逃げて精国ダーキアのルートから帝国へと戻る方法。可能性の高いルートの餌に、食いついてくれている状態だろう。


「……」


 だが、逆にいえば、追い詰められているとも言える。北東の海を渡ったところで、そこは砂国ルビナの正規軍がひしめいている。


 取り囲まれたところで、ジワリジワリと追い詰めて、捕まえればいい。反帝国連合国は、そう思っているはずだ。


「……ヤツらが、警戒しているのはヘーゼン=ハイムなのかもしれねぇな」

「僕らが逃げることを警戒してるんじゃなくて、砂国ルビナに入ってくることを警戒してるってこと?」

「両方なんだろうが、後者の可能性が高いな」


 ラシードの言葉に、イルナスは納得する。ヘーゼンが直接向かわなくても、彼の部下には強力な魔法使いがひしめいている。


 だが、彼らを砂国ルビナに入れさせなければ、あとは範囲を狭めていくだけだ。慎重さに慎重さを重ねていくような、嫌な戦略の沼に引きずりこまれている気がしている。


「リィアット。海聖ザナクレクを別の場所に連れ出せる?」

「む、無理だと思いますよ。ヤルがいれば、なんとかなったかもしれないですけど」

「な、なんでヤンが出てくるの?」

「前にお酒を飲んで、随分と好かれてたそうです。『娘にしたい』って言われてたくらいで」

「……っ」


 海聖ザナクレクからも好かれているという、とんでも人たらしの少女。あらためて、ヤンという存在が、どれだけ重要かわかった。


 しばらく考えた後、イルナスがリィアットに提案をする。


「僕が、極秘で会いたいと言っても、ダメかな?」

「……やはり、イルナス皇太子殿下自らお話されるんですか?」

「それが、一番早いと思うんだ」


 イルナスとの対面なしを希望し続ける限り、交渉が前に進みそうな気配がない。時間の経過は、常に、敵側に有利に動く。


 しばらく考えた後に、リィアットは頷く。


「……わかりました。ただ、その言葉は向こうから引き出します。こちらから提示すると足下を見られますから」

「な、なるほど。ちなみに、それもヤンの教え?」

「はい」


 リィアットは、ニコリと笑顔を見せる。なんとなく、ヤンっぽい挙動かなと思ってたら、やっぱり、そうだった。


「……実は、私はこの家を飛び出して、クーデター軍に入ったんです。なんとか、この現状を変えたくて」

「それは……凄いね」


 イルナスは素直に思った。自分は天空宮殿という大きな籠から逃げられもせずに、ひたすら剣術と勉学に逃げてきた。


「……」


 外を眺めて、ため息をつくだけだった自分に……今なら拳骨を喰らわせてやれるだろうか。


「でも、私みたいな小娘の相手を大人がしてくれる訳もなく、小間使いばかりやっててて……そこで、ヤルと会ったんです」


 リィアットの瞳は爛爛と輝く。まるで、その出会いが暁光かのように、心の底から尊敬……いや、崇拝している様子が見てとれる。


「あの子と少し話したら、すぐに上層部に掛け合ってくれて、『この子は参謀に向いてるから』って、作戦会議に加えてくれて。側について、いろいろ教わりました」

「……うん。あの子は、そんな子だね」


 話を聞きながら、イルナスはズキっと胸を痛める。


 それぞれの中に、それぞれのヤンがいる。彼女が活き活きと笑っている光景が見えると同時に、この場にいないということに、止めどない寂しさが溢れてくる。





























 なんだか、無性にヤンに、会いたくなった。

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