スクロアの町


           *


 その頃、イルナスとラシードは、北東を目指し竜騎で疾走していた。目的地までは、数日ほどで到着する道のりだが、周囲への警戒のため、倍以上の時間がかかっている。


 そして。


 ユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサ……


「……」

「……」


          ・・・


 ふ、雰囲気が最悪過ぎる。


 ラシードのアル中が限界突破して、今では冷め切った老夫婦のように会話がない。ただ、もう振動が凄い。竜騎酔いしそうなほど、揺れに揺れている。


    酒酒酒酒酒酒酒酒

   酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒

 酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒

 酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒

 酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒

 酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒

  酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒

   酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒

    酒酒酒酒酒酒酒酒


「……」


 今のラシードの脳内は、こんな感じなんだろうなとイルナスは想像する。夜も、ほとんど眠れていないようで、結構、幻覚も見るらしい。


 時折、何もない空間に、鋭く抜刀をしている。


 だが、それでも周囲に当たり散らさないのは偉いと思った……たまに、木に喧嘩を売ってるが、それでも、イルナスには八つ当たりしないのは、かろうじて褒められる部分……ではないだろうか。


 危険を察知すると、一気に覚醒して中毒が抜けるようだが、リラックスしているとダメらしい。どうやら、脳にまで快楽が刻みつけられてる深刻な患者と言える。


 んもう凄いアル中、とイルナスはため息をつく。


 そして。


「やっと、ついたね……」


 目的地の一歩手前の町、スロクアに到着した。


 北東最大の港町エルデカリスの中間ポイントとされる場所である。ここらの地域は、クーデター軍が占居しているので、周囲には砂国ルビナの竜騎兵はいない。


 ひと通り周囲を見渡したが、結構賑わっている。ローブを頭に被った2人は大通りを歩くが、ラシードの足がフラフラと酒場に引き込まれていく。


「酒……酒……酒……」

「ちょ、ちょっと! まだ、ダメだよ。まずは、宿泊できる場所を探さないと」

「うっ……くっ……」

「……っ」


 ラシードが涙目になりながら、歯を食いしばる。大陸最強格の剣士が。酒が絶たれたくらいで、そんなに哀しいか。


 めちゃくちゃ情けなさ過ぎる。


 あらためて、絶対に酒に溺れないようにしようとイルナスは心に決めた。


 そんな中。


 物売りの少女が、花を差し出して笑顔を向ける。


「あの……申し訳ないですが、僕らはお金がーー」

「イルナス皇太子殿下ですか?」

「……っ」


 突然のその問いかけに、2人は心の中で身構える。だが、物売りの少女はニコッと笑いかけながら囁く。


「安心してください。私たちはヤルの仲間です」


 ヤルというのは、ヤンの偽名だ。


「……ということは、クーデター軍の?」


 ラシードが尋ねる。


「はい。ヤルから伝書鳩デシトが届きまして、あなた方を探してました」


 その言葉を聞くと、イルナスはホッと安堵の表情を浮かべた。もっとも気にしていたヤンの安否が確認できた。とりあえず、敵軍に捕まってはいないようだ。


 だが、目の前の少女に、警戒はまだ解いていない。


「……よく、僕らがわかりましたね」


 なるべくローブを深く被って、目立たないように歩いたつもりだったが。


「ここで長話はしない方がいいですね。さっ、こっちへ」

「……」


 物売りの少女は、2人を先導して歩き出す。歳は13歳ほどだろうか。こんな小さな少女までもが、クーデター軍に参加していることに、イルナスは内心驚いた。


「ただいまー。お母さん、連れてきたよー」

「あらあら。遠いところから、わざわざ」

「……」


 宿に到着すると、人のよさそうな女性が出てきた。


「すぐに、食事の準備をしますから、部屋に上がっていてくださいな」

「……ありがとうございます」


 イルナスは深々とお辞儀をして、2階の部屋へと案内された。ベッドの上に座ったところで、少女が自己紹介を始める。


「申し遅れました。私は、リィアットといいます。ヤルからは、いろいろと教えてもらってます」

「……」


 非常に賢そうな子だ。恐らく、ヤルが才を見込んで、いろいろと教え込んだのだろう。


「よく僕らがわかりましたね?」


 イルナスは再度、先ほどの疑問を口にする。


「ヤル匂いを消す小さな弾をもらいませんでしたか?」

「ええ。なんでそれを?」


 以前、イルナスとラシードはカエサル伯から逃れるために、身体に振り撒いた。


「それには、魔力を含んだ塗粉も含まれてます。で、ヤルからもらった魔杖で覗くとーー」


 少女は、双眼鏡のような魔杖をラシードに手渡した。


「はぁ……用意周到なヤツだな。なるほど、俺たちの服だけ微細に光っているな」

「ヤルの予測だと、ここを通るとのことでしたので遠くから張って、これで見てました」

「何から何まで予測通りって訳か。大したヤツだ」


 ラシードは感心した様子で言う。


「疑問が解けたところで、これからの話をしましょうか?」

「待て」

「えっ?」

「その前にーー」



























「どうか、お酒飲ませてください」


 褐色の剣士は、綺麗な土下座を繰り出した。

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