それから


           *


「魔杖工の選別が全員完了しました」

「そうか。ありがとう」


 ラスベルの報告に、ヘーゼンは書類仕事をしながら頷く。その後の掌握は、それまでの倍以上の早さで進んだ。


 不適格の烙印を押され、陳情を訴えていた魔杖工も、ついに白旗をあげ、再就職の道を模索する動きを始めたようだ。


「ゴラン組合ギルド長を味方につけてからは早かったですね。初手で、彼を落としに行ってもよかったのでは?」


 ……特に、クラークを変態奴隷に堕とすこともなかったのではないかなと思う。


「あの老人は根っからの職人だからな。おそらく、組合ギルド長を解任された後に、別の旗印が担ぎ出され、徹底抗戦を仕掛けてきただろう」

「……なるほど」


 超力技のように見えて、繊細で綿密な戦略性も持ち合わせている。あらためて、ヘーゼン=ハイムという人間の底知れなさに、彼女は下を巻く。


 1つの工房の選別から始め、混沌カオスの波を徐々に伝播させ、ついには大きな氾濫を起こさせた。その濁流に、クラークも、魔杖16工も、ゴランも全員が呑まれてしまった。


「新たな魔杖工統括組織の長は誰にしますか?」

「僕は、アウラ秘書官がいいと思うな」

「……っ」


 サラッと。


 とんでもない爆弾発言を放ってくる。


「え、エヴィルダース皇子の陣営に渡すんですか!? それでは、元の木阿弥では?」

「そうさせないために、制度設計は大いに議論したい。そちらは、モルドド秘書官に取りまとめをお願いしようと思っている」

「……っ」


 そちらも敵対派閥に。


役職ポスト規則ルールも明け渡すんですか!?」

権力ちからは分けるがね。敵対派閥だからこそ、互いに監視できるようにした方がいいんだ」

「……」


 説明を聞いていても、ラスベルは納得がいかない。


「僕は魔杖組合ギルドの解体の任は受けているが、組織再生の任務は受けていない。どの道、主要ポストの独占はできないさ」

「ですが……すーが、この件の主導権を握っていることは確かじゃないですか」


 これは、ヘーゼン=ハイムが仕切った大改革だ。その延長上という解釈で、新たな統括組織の長に就任しても、十分に押し切れるというのが、ラスベルの算段だった。


「もちろん、大枠の提案は呑ませる。例えば、今回、魔杖工として適性がなかった者たちの再就職の支援制度などは盛り込むし、地方への工房の創設なども欠かせない」

「……」


 魔杖工組合ギルドは、莫大な利権だった。新たな組織もまた、相当な権力を引き継ぐだろう。それにも関わらず、ヘーゼン=ハイムは『手を引く』と言っているのだ。


 現状、イルナス皇太子陣営には、確固たる地盤がない。魔杖工の新組織を掌握することで、天空宮殿の権力に大きな楔を打つこともできるというのに。


 だが、ヘーゼンの言葉に迷いはない。


「バランスだよ、ラスベル。僕らは、魔杖工組合ギルドの解体を実施した。新たな組織の大枠も決める。だからこそ、役職ポスト規則ルールに僕の影響力が残らない方がいいんだ。でなければ、その組織の正当性を失う」

「……」


 どこまでも強欲な癖に、呆れるほど無欲だ。そんな、背反性をヘーゼン=ハイムという男は持ち合わせている。


「ということで、ラスベル。あとはすべて任せる。さっき言った提案の起草をして、アウラ秘書官とモルドド秘書官と会談して、すべてをまとめあげなさい」


 !?


「えっ! ぜ、ぜ、全部私がやるんですか!?」

「うん」

「今、言ったこと全部!?」

「そう」

「……っ」


 ガッビーン。


「工房を解体する最中でも、考えは話しただろう? そのために、君についてもらったんだから」

「そ、そんな! 私だっていろいろとあってですね……」

「ヤンならやるぞ?」

「……っ」


 せ、性格最悪。


「ラスベル。君は優秀だが、まだ、若いな。アウラ秘書官や、モルドド秘書官に考え方などを学んできなさい」

すーとして教えを乞えとでも?」


 青髪美少女は、涙目になりながら皮肉る。


 だが。


「真っ向からぶつかって、意見を勝ち取りなさい。絶対に負けるな」

「……っ」


 言っている意味がわからん。


「人から学ぶのに最良なのは、戦うことだ。特に内政官は、さまざまな好敵手に触れるほど強くなる。思考の幅が広がる」

「……」


 毎日、武官として四伯最強のミ・シルと戦わされ、内政官としては、手練手管のアウラ秘書官とモルドド秘書官と戦わされるのか。


すーはどうされるんですか?」

「当面は、ゴラン、クラークと過ごす」

「……」


 先日、ヘーゼン=ハイム製作の魔杖を見たゴランは、シワだかけの目を大いに広げて喜んだ。少年のようなはしゃぎようで盛り上がり、その製作技術などを語り合った。


「さすがは、帝国最高の魔杖工だな。僕の知らない技術わざも多かった。これから、大いに高め合うつもりだ」

「……ちなみに何日ほどですか?」

「決めてはないが、少なくとも一週間は技術交友したいな」

「や、ヤンのことは心配じゃないんですか?」


 伝書鳩デシトが来てから、ヘーゼンは特になんのアクションを取ってこなかった。必然的に、今のイルナス皇太子の情報も入ってこない。


「心配というのは、打つべき手を打っていない者がすることだ。僕に不安はないよ」

「……」


 ヘーゼンのまなざしは揺るぎない。これは、一番弟子のヤンへの信頼……ではない気がする。なんせ、不安定と混沌を背負っているような子なのだから。


 誰のことなのだろうか。


 反帝国連合国から、エヴィルダース皇子陣営から、リアム、デリクテール皇子陣営から囲まれても、ヘーゼンが自信を持ってそう言える存在。


「わからないです」


 ラスベル自身でさえ、その窮地が切り抜けるとは思えない。







































 ただ一人……ヘーゼン=ハイムという存在を除いては。

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