暴風
*
その後、ヘーゼンは魔杖工の選別をドンドン加速した。忠実な人犬と化したクラークの積極的完全屈服もあり、彼らに逆らう術はなかった。
「うん。君たちはいい腕をしている。合格だ」
「ほ、本当ですか?」
・・・
「信じられないほど粗雑な
「ぶっ……ぶひいいいいっひいいいいんぃっ!」
飴と鞭。月とスッポン。ヘーゼン=ハイムの評判は、見事なまでに分断した。有能な者たちにとっては、先進的な改革者。無能な者たちにとっては無情な悪魔。
「いい魔杖だ。細部に至るまでよくできている。資金や素材が足りないようだったら言ってくれ。すぐに、準備する」
「あっ……ありがとうございまーっす!」
・・・
「ほらほらほら! お前ら、今日も至高の魔杖を製作するために一心不乱でやれぇ! 一心不乱! 一心不乱! 一心不乱!」
「一心不乱で、こんな物しかできないならば、君は
「はっ……んののばぁっ……」
・・・
魔杖工たちは、ヘーゼン=ハイムの視察を恐れて、必死に事前準備を行った。だが、一朝一夕の悪あがきで騙せるはずもなく、無能の烙印を押された魔杖工は、どんどん排除されていった。
やがて。
「これで……2分の1の選抜が終わりました」
秘書官のラスベルが、リストを見ながら報告する。最近では、反抗する者もいなくなった。順調に……いや、順調過ぎるほど魔杖
「よし。この調子で行こう」
ヘーゼンは表情をまったく変えずに答える。
「魔杖16工は後回しですか?」
「ああ。彼らは最後……いや、できれば衝突せずにまとめたい」
「……」
有能な者を優遇し、無能な者を追い落とす。ヘーゼンの行動は終始一貫している。そして、クラークの従属化以降、彼らが前に出てくることはない。
恐らく、出方を伺っているのだろう。
魔杖16工は、それぞれが名を残すほど有能な職人集団だ。クラークのように変な意地を張らなければ、今回の変革は彼らにとって有利に働く。
一方で、その大きすぎる変化に、受け入れられない者もいるだろう。敵対か屈服か……彼らはその難しい舵取りを迫られているのだ。
しかし、ヘーゼンは、そんな外部の状況など一向に省みず、ラスベルに対しさまざまな指示を送り込んでいく。
「ショウ=タデスなど若く優秀な魔杖工を、これからどう育成していくのかも重要だ。育成案と
「こ、これまで通りの師弟制度も壊すと?」
「ああ」
「……」
魔杖工は、
「親も子を選ぶが、子も親を選ぶ。そうすることで、対等な関係を構築しなければ、歪な談合が生まれる。無能な親から選ばれた子は、不幸なキャリアを歩まざるを得ない。それは、断固として防ぐ」
「……」
逆に言えば、人気のない工房は人材が枯渇して潰れてしまうということだ。徹底的な競争を魔杖工に強いることで、帝国における魔杖技術の底上げをしようという算段だ。
まるで突風……いや、暴風だ。
「加えて、工房の大規模な再編を行う。同時並行で、
「……っ」
荷が重いーと、ラスベルは心の中で叫ぶ。もちろん、一筋縄で行く訳がない。当然、彼らにも生活があるし、直々の、涙ながらの訴えなども浴びることになるだろう。
「……」
早い。いや、何もかもが早過ぎる。ラスベルは、今回の変革はあまりにも性急に感じた。
「それほど一気に変えて、現場は混乱するのでは?」
「多少、混乱をきたす程度が、最も人は不満を抱くんだ。むしろ、大規模な
「お、恐ろしい暴論」
誰もが、物事に大きな波風を立てないようにしようとする。だが、ヘーゼンの行おうとしていることは真逆だ。太刀打ちのできないほどの大波で、
「世の中には流れがある。その大きな濁流からは多くの者は逃れることができない」
「……はぁ」
ラスベルは、これから先に起こる無数の問題に頭を抱える。もちろん、ヘーゼンのやり方で、問題がでない訳がない。
無数の小さな問題を、より大きな問題で打ち消して前に進めよういう超力技の手法なのだから。
「ですが、それで回りますか?」
「できない依頼はドンドン断るよう指示をしてくれ。必要なものだけやればいいんだ」
「……」
ヘーゼンにとっては、余分な贅肉を落とすような作業なのだろう。特に上級貴族などの芸術品のような扱いの魔杖は真っ先に淘汰の対象にされそうだ。
「同時に、魔杖
「……っ」
まだあるのー、とラスベルは半ば白目をむきそうになる。通常は、1つずつを数年……いや、十数年スパンで調整をいれながらやるような大仕事だ。
ヘーゼン=ハイムは、それを、一気に数ヶ月で成し遂げようとしている。
「マネジメントとプレイヤーが同じなのは、よくない。特に職人のような特殊技能集団は、それに特化し、集中させるべきだ」
「そ、そんなの反対されるに決まってます」
「任す」
「……っ」
さっきから、任されまくりなんですけど!? と半ば涙目ながらにヘーゼンを睨む。だが、『できない』と言ったら言ったで、『そうか、僕ならできるがね』とか言われそうだ……いや、絶対に言う。
この人は……できない仕事は振らない。
そして、このヘーゼン=ハイムという男が厄介なのは、必ず自身が楽をしない。誰よりも大変な作業の中心にいて、誰よりも前のめりで突き進んでいく。
「とにかく、3分の2だ」
「さ、3分の2ですか?」
「ああ。その数の選別が終わったら、一気に方をつける」
ヘーゼンは断言する。
「ち、ちなみにどうやって?」
「
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