犬狢


           *


 帝国には、表と裏の最高戦力が存在する。表は、帝国最強と謳われる四伯。その実力は大陸に広く知れ渡り、12大国の中でも最強格と謳われる。


 そして、裏の最高戦力は『暗部』と呼ばれる隠密部隊である。犬狢ケバク蛇封ダオフォン古虎ジェガン。彼らは、帝国の下級貴族から、特に魔力の強い者から選抜され、幼少から英才強育を施されている。


 そこに家柄などは全く関係ない。


 完全実力主義の世界で、その訓練は、他の学院などとは比較にならないほどの過酷さである。また、期毎に、厳しい選抜も行われる。


 下級貴族にとって、この道だけが、家柄のよいだけよ名門家出身の上級貴族たち対抗し得る出世の道だった。


 ヤンの存在を捉えたのは、犬狢ケバクの五席アルリア=ゾルスだった。


 暗部は、反帝国連合国のさまざまな要職に根を張っている。犬狢ケバク蛇封ダオフォン古虎ジェガンを統括することになったラージス伯は、彼らの動きを追い、砂国ルビナの異変を突き止めた。


 そして。


 港町周辺で情報収集をしているところに、ヤンの存在が引っかかった。


 アルリアは、魔杖『大鷹ノ瞳おおだかのひとみ』で数キロ先の生き物の動向を察知できる。そして、捉えた対象を常時視認することが可能だ。


 突然、港町を瞬間移動して出てきた女の子。アルリアが彼女を捉え変身を解くまでを見届けた。


「このまま泳がせるのですか?」


 アルリアが尋ねると、ラージス伯は頷く。


「もちろん。あの子には、イルナス皇太子の場所まで案内してもらわないといけないからね」

「しかし、居場所を知らない可能性もあります」

「それでもいい。間違いなく、あの子がイルナス皇太子の弱点よわみだ」

「……」


 たとえ、イルナス皇太子を逃したとしても、ヤンを確保すれば、必ず助けにくる。ラージス伯のその見立てに、アルリアは異議を唱える。


「まさか。1人の女の子を守るために次期帝国皇帝の座を捨てようというのですか? そんなバカな」

「イルナス皇太子はお若い。さらに、天空宮殿で相当な想いをされている。さして、皇帝の座が魅力的に映るとは思えないな」

「……」


 それならば、好いた女を選ぶということか。ある程度の納得をすると同時に、そんな者が次期皇帝候補の筆頭であることに腑が煮えくり返るほどの怒りを感じる。


「ならば、我々の手で傀儡にすればよくないですか?」


 アルリアには、その方が成功確率が高いように思えた。相手は小娘一人だけ。犬狢ケバクであれば、容易に捕獲し、操り人形とすることができる。


 だが、ラージス伯は迷わずに首を振る。


「君たちの手に負える子ではないよ。海聖ザナクレク率いる大船団を、一人で追い払ったような化け物だ」

「……」


 現在いるのは犬狢ケバクの五席のアルリア以下八席までの8人。だが、彼らの使える魔杖は最低でも3つ。隊長格、副長格であれば6つもの使用が可能だ。


 いずれも、ミ・シルほどの破格の攻撃能力ではないが、それでも帝国の裏の最高戦力。『戦闘に遅れを取る』と言われると納得がいかない。


 そんな想いを察したかのように、ラージス伯はボソッとつぶやく。


「君たちの気持ちはわかるが、私情は捨てなさい。世の中には、ミ・シル伯やヘーゼン=ハイムのような化け物がいる」

「……ヤン=リンがそれほどのものだと?」

「前の反帝国連合国との戦いでは、対抗のしようもあった。だが、今はわからない。それほど、未知の将来性をもつ」

「……」


 アルリアは、屈辱に顔を歪める。犬狢ケバクにまで登り詰めた自分たちが、あんな小娘に遅れを取るという評価などと。


「少なくとも隊長と副長が来るまで待つべきだな。追いつければだが」

「……」


 アルリアはチラッと隣でオドオドしている芦毛の癖っ毛美女を見る。


 副官ベルベッド。


 ラージス伯が直々に指名したその存在が、更に、犬狢ケバクの面々を苛立たせる。彼女は、慣例的に犬狢ケバクの隊長が兼任するだった副官の椅子に、ノコノコと居座ったのだ。


 そんなバカな指名を行ったのが、『帝国暗部の最高傑作』と謳われるラージス伯の指名であることになおさら腹が立つ。

 

「ベルベッド……」

「は、はいっ!」

「ヤンと仲がいいと言っても、裏切るんじゃないぞ?」

「う、ううう裏切りませんよ!? ええ、裏切りませんとも!」


 爆発したような髪の毛の美女は、派手にオドオド騒ぎながら答える。


「……なぜ、ラージス伯は、彼女を副官に?」

「ひっ」


 アルリアが舌打ちをしながら、尋ねた。彼女は能力的にも隊長、副隊長格には及ばない。この人は……『次期四伯の一席は、暗部が占める』という慣例を壊そうとしているのか。


「そ、そうですよ。私は、確かにあなたの直弟子ですが、副官はハッキリ言って荷が重いです。な、な、なんで私が副官なんて」


 涙目でベルベットがそう尋ねると、ラージス伯はフッとため息をついて答える。


「……派手な生活がしたかったんだ」

「地味に理由が失礼過ぎる!?」

「ちっ……」


 バーンと大声で喚き散らすベルベットに、アルリアは、ますます腹立たしい気持ちを抱く。


「とにかく、このままあの子の後をつける。アルリア、ここでは僕が統率者だ。言うことに従ってくれるな?」

「……はい」

「……」

「……」


          ・・・


































「地味だな」

「そーですね、地味ですね!?」

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