ヤン


           *


「はぁ……やっと抜けられた」


 その頃、ヤンはやっとの想いで港町を脱出し、竜騎へと乗り込んだ。


「これから、どこに向かおう」


 反大陸連合国の警備が物凄いので、あまり多くの手がかりは掴めなかった。それでも、ラシードとイルナスが無事に逃げられたのは確認できたので、とりあえず一安心はしたのだが。


 森に入って、竜騎を止めて地図を眺める。闇雲に動いていても仕方がない。かといって、動かないと始まらない。


 最悪、直感で動こうかなと思っていた矢先。


「僕だよ!」

「ん何か出てきた!?」

 

 突然、緑色の帽子を被った、イタズラ好きな子どもが出現した。これでも、大精霊シルフ。伝説の上位精霊と呼ばれる存在である。


「もしかして、私が困ってるから、出てきてくれたんですか?」

「ううん。暇だったから」

「くっ……」


 なんなんだ。


 だが、しかし。この小さな子どもは胸をピョコっと張って、偉そうに話し始める。


「フフーン。僕は、森のことならなんだって知ってるからね。森の大賢者シルフとは僕のことさ」

「……っ」


 それを聞いた途端、黒髪少女はキラキラと瞳を輝かせる。確かに、この精霊は森の化身だ。これこそ、まさしく天佑。


「そ、それはすごく助かります。ラシードさんとイルナス様を探してるんです。心当たりはありますか?」

「……ない」

「んもう役立たず帰れ!」


 ヤンはガビーンとしながら退出を促す。


「わーん! 無茶ぶりだよー! こいつ、大精霊様に向かって無茶ぶりしてきたー! アーン! アーン! アーン!」

「……」


 なんだって知ってるって言ったのに、なんだって知ってなかった。なのに、癇癪起こして泣き出した。言葉って、物凄く難しい。


「はぁ……だったら何ができるか教えてくださいよ」


 ヤンは泣きじゃくる大精霊の頭をヨシヨシしながら尋ねる。すると、シルフはピタッと泣き止んで、得意気に話し始める。


「フン! だいたい、会ったこともない人間を探させようって根性が気に入らないよ! この大陸に、どれだけ人間がいるとおもってるのさ」

「た、確かに……じゃ、特徴言ったら探してくれますか?」

「……できない」

「んもう役立たずすぎる帰れ!」


 やはり、期待外れだった。誰だ、このガキに『大精霊』なんて大層なネーミングをつけたのは。


 ヤンがあきらめて再び竜騎に乗ろうとした時、このままでは構ってくれないことを悟ったのか自称『大精霊』が必死に言い訳を始める。


「でもでもでも! 砂国ルビナの森で何が起こってるかくらいだったら、わかるかも」

「ほーんとーですかー? 大精霊さまー?」

「くっ……見てろよ」


 ジト目で半信半疑……いや、全信半疑の眼差しを向けるヤンに向かって、シルフは悔しそうな表情を浮かべて目を瞑る。


「……うん、なんか動物たちがざわめいてるね。ここから北に向かって木々も泣いてる」

「……」


 何か大規模な戦闘があったということだろうか。ヤンの想定していた退路とも一致している。南と西、東は、かなりの警備が強いられているから、そのルートを選ばざるを得なかったのだらう。


「他には、何かわかりますか?」

「……強い殺気を持った獣がいる。なんだろう、どこの森にも見たことがない狼だ」

「恐らく、カエサル伯ですね。様子はわかりますか?」

「背中に大きな傷がある。血が多く流れている。今は、かなり回復してるみたいだけど」

「……」


 ラシードだ。彼にそこまでの傷を負わせられるのは、あの褐色の剣士しかいない。恐らく、戦闘をして逃げたということだろう。


 そして。


 事態が最悪な方向に進んでいると言っていい。反帝国連合国だけでなく、帝国の敵対派閥もラシードとイルナスを補足している。


「ありがとうございます! 助かりました!」


 大精霊にお礼を言って、ヤンは竜騎に乗り込で全力で走る。


 ラシードとイルナスの進路は予想できた。第3のルート……北東に進んで、海聖ザナクレクを頼ることだ。


 海聖ザナクレクは、空を飛翔する大船団を保有している(先日、ヤンが全滅しかけたが)。逃げるとしたら、そこからしかない。


 ヤンと海聖ザナクレクの繋がりはない。いや、むしろ以前の反帝国連合格戦では敵対同士だったので、この繋がりを予想するのは難しいはずだ。


「……」


 だが、あの計算高い海賊は、イルナスという餌にどれだけ高い値段をつけるか。破格の値段で、反帝国連合に売り払うことだって十分にあり得る。


 クーデター軍の参謀として風貌を変えて競合しているので、交渉がどうなるかもまったく想像がつかない。最悪は、その場で戦闘行為になり、反帝国連合国か帝国の敵対派閥に捕まるか、かなり旗色は悪そうだ。


 だが、もうそこに賭けるしかない。


「イルナス様……ラシードさん……無事でいてください」


 ヤンは竜騎に乗りながらつぶやいた。


           *

           *

           *


 数キロ離れた森を見渡せる崖で、竜騎に跨った者たちがいた。彼らの中の一人は、レンズのついた魔杖で黒髪の少女が乗った竜騎の疾走を覗きながらつぶやく。


「捉えました……ヤン=リンです。どうしますか?」


























「後を追うぞ」


 隣にいたラージス伯がつぶやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る