責任


           *


 遡ること、1日前。へーゼンが邸宅の書斎にいると、トントントン、と軽快なノック音が響く。


「ご主人様、入ってもよろしいでしょうか?」

「モズコールか。どうぞ」

「失礼します」


 入ってきた中年紳士風の男は、少し曇った表情かおを浮かべていた。


「1人、有望な奴隷を手に入れたと聞きました」

「ああ、優秀な若手魔杖工だ。クラークという」


 20代の若さで魔杖16工にも名を連なる人材だ。へーゼンとしては、ぜひ『奴隷』として手に入れたかった。


 ヘーゼンの製作する魔杖には、秘匿としておきたい技術わざが含まれるものも多い。だが、優秀な駒が増えてきた中で、ヘーゼンだけでは手が足りないのだ。


 クラークは、幹部候補として大いに期待しているのだ。


「だが、負荷の塩梅が難しいな。賭けに勝つために、だいぶ精神的にも追い込んだからな。この後の、屈辱に耐えられるかどうか」


 彼は、魔杖工組合ギルドを壊すための道具でもある。だからこそ、今後は、犬としての彼を存分に見せつけるという行為が発生する。


 自尊心プライドの塊である彼には、死ぬほど辛いことだろう。果たして、それに耐えられるか……


 もちろん、挫折を味合わせるための意図もある。話を聞くと、自分の実力を過信して天狗になっていたし、若くして工房を任されていたので、親分肌のような行動もしていた。


 ヘーゼンが期待しているのは、純粋に魔杖工としての腕だけだ。人を率いたり、教えたりするよりも、とにかく腕を磨くことに日々を費やしてほしい。


 だが、人の心は、ある側面では脆い。追い込んだ末に壊れた心は立て直すのが難しい。ある意味で、負荷をかけすぎるのはよくないのだ。


「ご主人様……」


 そんなへーゼンの表情を見て、モズコールはガッチリと手を握る。


「なぜ、私に相談……いえ、一言でも言ってくださらなかったのです?」

「う、うん?」


 な、なんだろう。めちゃくちゃ強い握力で、ギュッとしてきた(ちょっと嫌だ)。


「そのクラークという青年。私を……モズコール=ベニスを信じて預けてみてはもらえませんか?」

「き、君に? うーむ……」


 へーゼンは珍しく熟考した。


 この変態は風俗的な才能はあるし、何より情熱がある。そして、奴隷の風俗的活用に関しても、モズコールは、かなり積極的に意見をし、それを採用してきた。


 だが。


「……」


 クラークの奴隷教育を任せて、本当にいいものだろうか。へーゼンとしては、真っ当に育成をしたいと言う想いもある。


「ちなみに何をする気だ?」

「教育です」

「……」


 モズコールもまた、陣営の基幹となる幹部だ。風俗的な面だけでなく、優秀な奴隷の育成も任せられれば、使用の幅は広がる。


 ヘーゼンとしては、かなり珍しく熟考した末に、ボソッと答える。


「……わかった。任せてみるか」

「ありがとうございます! このモズコール=ベニス! 絶対にご主人様のハートパッションに応えて見せますぞー!」

「あっ……ちょ……」


 制止する前に、モズコールは元気よく飛び出して行く様子に、なんだか、もの凄く不安を覚えた。



            *


「ワウワウワウ! ワウワウワウワウワウワウ! クゥーンクゥーン! クゥーンクゥーン……」

「……」


 完全なるイッヌと化し、嬉々として吠えまくり、可愛い鳴き声をあげるクラークを見て。


 失敗したー、とへーゼンは心の中で頭を抱える。


「どうです? 彼自身、『飼われることの喜び』を存分に感じてます。これで、公衆の面前で犬となっていも、羞恥心がむしろ快感となるはずだ」

「……なるほど」

「ハッハッハッハッ……ワウーっ! ワウーッ!」

「……」


 遠吠えをしているクラークを見ながら、へーゼンは物凄く複雑な表情を浮かべる。


 当然、ラスベルは、超ドン引きである。


「……」


 もちろん顔には出さないが、ヘーゼンの期待していたものとはまったく違った。厳密に言うと、失敗しているか成功しているかがよくわからない状態である。


 だが。


「どうでしょう?」


 モズコールは『褒めて褒めて』と言いたげに、四つん這いでチンチンをかましている。


「あ、ありがとう。その……僕の想像を超えた感じだった」


 もちろん、へーゼンは、言葉を極力オブラートに包んで、お礼を言う。任せたのは自分で、モズコールは積極的に提案して、やれるだけのことを……いや、やりすぎなくらい力を発揮したのだ。


 すなわち、結果の責任は自分にあると言うことだ。


 今後、クラークが魔杖工として、吉と出るか狂と出るかはわからないが、まあ、そこは経過観察でと割り切る。


「ワウワウワウ……ウウッー……ウウッ」

「……っ」


 『早く行こう早く行こう』と言わんばかりに、へーゼンの袖を引っ張る。


 もはや、完全に、イッヌ。


「す、すー……」

「ラスベル、後で話そう」


 根源的に震えてそうな青髪美少女の話を遮り、へーゼンは犬を連れて歩き出す。


 そして、ヘーゼンとラスベルは、犬とともに、カルラク工房へと入った。


「こんにちーー」

「ワウワウワウ! ワウワウワウワウワウワウ! ウー! ワウワウワウワウ! バゥアゥ! バァヴァアアア! クゥーンクゥーン! クゥーンクゥーン……」




























「「「「「……っ」」」」


 想定以上に、みんなが怖がった。

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