幸せ


           *


 帝都歓楽街の地下に拡がる建物の数々。首輪と紐をつけられたクラークは、へーゼンの代行飼い主ウーマン=ノチチに連れられ、四つん這いで歩く。


「……知らなかった。こんなものがあったなんて」

「こちらは、第二のご主人様であるモズコール様が作られました」

「……」


 無機質な表情で代行飼い主はつぶやく。そこには、一切の感情が感じられない。自分もいつか、こうなってしまうのではないかと、散切り頭の四つん這い男は、猛烈な不安に駆られる。


 歩くこと十数分。とある一つの店に入ると。


「ワンワンワンワンワンワン! ワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンっ! クゥーンクゥーン」

「ワンワン! ワンワンワンワン! ウーっ、ワンワンワンワンワンワン! ハッハッハッハッ! ハッハッハッハッ!」

「ワンワン! ワッ……キャインキャイン! キャインキャインキャインキャイン!」

「……っ」


 なんだ、この異様な空間は。


 吠えているのは犬ではなく男。自分と同じく首輪がつけられ、ブリーフ一丁で女性の店員ブリーダーに甘えている。


「よしよし。はい、チンチン」

「ハッハッハッハッ!」

「よくできましたー。偉いね偉いねー」


 中年の、いかにも真面目そうな眼鏡をかけた男。髪型もしっかり整えられている。貴族だろうか……子どもだっているだろうに、満面の笑みで舌をだして息切れをしながら、チンチンをかましている。


 しかし。


 彼らの中に、悲壮感があるものは誰もいない。全員が率先して、我先に我先にと女性店員ブリーダーに群がる。


 そんな中。


「ワウワウワウ! ワウワウワウワウワウ! クゥーンクゥーン……クゥーンクゥーン」

「くっ……」


 さっきから、馴れ馴れしくすり寄ってくる犬(人)が一名。店の中にはチラホラ、恥じらいやぎこちなさが垣間見えるのにも関わらず、この犬(オス)は、もう、これ以上ないくらい犬犬いぬいぬしかった。


 クラークは、擦り寄ってくる男を素雑に振り払う。


「なっ……なんなんだあんた! 気持ち悪ぃからやめてくれよ!」

「ワウワウワウ……っと、失礼。人語でなくては、通じませんかな?」

「……っ」

「初めまして、この店の主人であるモズコール=ベニスです。どうです? このイッヌ喫茶カフェ……楽しんで頂けてますかな?」

「はっ……くっ……」


 お手をしているにも関わらず(恐らく握手)、その堂々とした大型犬のような佇まいは、やはり、大物のように感じる。


「……」


 この男が、へーゼン=ハイムの懐刀と呼ばれるモズコール=ベニスか。


「あなたが、犬になりたい人ですか?」

「べ、別になりたい訳じゃねーよ!」

「?」

「……っ」


 完全に意味不明な、顔に腹が立つ。


「おい……コイツら、本当に全員、奴隷なのか?」


 クラークが半信半疑で尋ねる。この中の者たちは、少なくとも喜んでいるように感じる


「まさか。ほとんどの方が大切なお客様です」

「……っ」


 きゃ、客? まさか、こんな屈辱的な行為に対価を支払って喜ぶ者がいるというのか。


 そんなクラークの戸惑いをよそに、モズコールは、淡々と話を進める。


「ご主人様に目をかけられているようですね」

「へ、へーゼン=ハイムのことか?」


 その名前を尋ねた途端。


「……んはああああああああっ! この方が名前を言ってしまわれました! お仕置きぃ! この方が名前を言ってしまわれましたお仕置きいいいいいっ!」

「ひっ」


 先ほどまで、放心状態であったウーマン=ノチチが、自らを何度も何度もぶん殴る。だが、モズコールは小慣れたように、小さくため息をついて微笑む。


「大抵の奴隷の方は、このように徹底的に壊される方が多いですが、あなたは非常に優秀は才能をお持ちだ」

「……」

「だからこそ、ご主人様は『精神面のケアが必要だ』と考えたのでしょう。だから、私が呼ばれました」

「……っ」


 スッゴイ迷惑。


 精神面のケアと、人権が圧倒的な排除された人犬による喫茶店。どこからどう見てたミスマッチ。水と油。絶対に交わるはずのない言葉なはずだ。


 一方で、モズコールはそんな戸惑いを無視して話を進める。


「これから、ご主人様は犬として、あなたを連れ回すでしょう。ですが、それは魔杖組合ギルドの面々に、あなたを制圧したことを見せるためで、決してあなたを侮辱する行為ではないことをわかって欲しいのです」

「……っ」


 コイツは、いったい、何を言っているんだ。


 コイツは、いったい、自分をどうしようと言うのだ。


「あなたには、多様な価値観を知ってもらいたい。私の望みは、ただ、それだけなのです」

「なんなんだ……いったい、なんだって言うんだ!」


 クラークは混乱しながら叫ぶ。この人犬だらけの店。モズコールの言葉。何から何まで胡散臭すぎる。


 だが。


「愛です」


 その瞳は、これ以上ないくらい、真っ直ぐだった。


 そして、四つん這いのモズコールは、彼らを見ながら両手でハートマークを型取る。


「見てごらんなさい……あの犬たちを。彼らは、ただご主人様にすべて身を委ね、すべてが満たされている」

「……」


 ゴキュン。


 クラークが、思わず喉を鳴らす。確かに、あの可愛い店員ブリーダー愛玩動物ペットであれば、そんなには悪くないんじゃないか。


 !?


「いや……いやいやいや! あり得ねぇ……あっりえねぇだろ!」


 一瞬、思い浮かんだ言葉を、必死に打ち消す。そんな訳ない。自分は、あんなど変態どもとは違う……違うんだ。


 自分は大陸一の魔杖工になるんだ。女なんか、その後に、寄ってくる。今まで、硬派で通してきて、彼女なんかも作らなかった。


 それなのに……こんな……


 こんな……


「……くっ」


 あの可愛い女子に、見せたい。弱い自分を、ありのままの自分を。情けない自分を、そのまま、認めてもらいたい。いい子いい子されたい。


 そんな情動が、クソほど溢れこんでくる。


 つい、先日までは、こんな気持ちにはならなかった。だが、へーゼン=ハイムとの勝負に負けて、自分の弱さを露呈させられて……思い知った。


 誰かに慰められたかった。自然に身体を委ねて受け入れられる存在を、無意識に、自分は探していたのかもしれない。


「ようこそ」

「……っ」


 振り返ると、先ほどチンチンを、かましていた貴族風の男が、まるで同志を見るかのように温かい視線を送っている。


「……」


 なんて、情けない格好なんだ。首輪に繋がれて、四つん這いになって、娘ほどの歳の女の子に、全力でチンチンをかまして媚びている。


 やがて。


「……っ」


 若い女の店員ブリーダーが近づいてくる。タイプな女の子だった。ミニスカートの彼女は、おもむろにクラークに向かってしゃがんで、その身体の奥を覗き込んで、ニコリと笑顔を浮かべる。


「君も……チンチンしたいの?」

「……っ、ばっ……ばっきゃろう! そんな訳あるかあああっ! 俺は……俺はそんな……そんななあああああっ!」


 欲望を振り払うように、クラークは叫び散らす。


 だが。


「あらそう? でも……あなたのチン○ンがチンチンしたがってますけど?」

「はんぐっ……あ゛い゛っ!?」


 ンギュと、女性がクラークの睾丸をガン掴みする。


 痛い。完全に無防備で不意打ちだった。当然、急所なので、脳天に突き刺さるような痛みを感じる。


 だが……


 なんだ、この股間の高鳴りは。このはち切れそうな、下半身から沸るこの想いは。羞恥心と欲望の狭間で揺れている……いや、踊っているこの感情は……


 なんなんだ!?


「ようこそ」

「……っ」


 そう言って、別の老人の男が『僕も僕も』と言わんばかりに、女子店員ブリーダーにチンチンをかます。


「ようこそ」

「ようこそ」

「ようこそ」

「……っ」


 次々と。まるで、仲間を見つけた犬のように、男たちは群れをなして、チンチンをかます。


「さあ……手を」


 突然、モズコールが、ブリーフを脱いで、派手にチンチンをかます。


 そして……キラキラした表情で、クラークに向かってお手をする。


「恥ずかしがらないで」

「……っ」


 やがて。


 クラークもまた、意を決したように、目をつぶって女子店員ブリーダーに向かって、チンチンをする。


 






























「「「「「ようこそ」」」」」

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