ゴラン組合長


           *


「おい、見たか?」「あの自尊心プライドの塊のようなクラークが……あんな真似を」「圧倒的な大差だったそうだぞ。一目瞭然で勝敗は決したってよ」「マジかよ。いけ好かねえヤツだったが、アイツの腕は本物だぞ?」「どうするよ?」「どうする?」「どうする?」「どうすんだよ?」「なあ、どうする?」


 魔杖組合ギルド本部。クラークの完全従属化により、魔杖16工の面々も動揺を隠さない。そして、本部の外には、魔杖工不適格の烙印を押された者たちで溢れている。


 そんな中、魔杖16工のシャルダ=ロレックが睨みつけながら尋ねる。


「ゴラン組合ギルド長。あんた、このケリをどうつけるんだよ? クラークまでやられて、これでも、あんたは黙ってんのか?」

「……」


 だが。


 白髪の老人は、その場で腕を組んで目を瞑ったまま、一言も発さない。時折、外の様子を眺め、退屈そうにフーッとため息をつくだけだ。


「なあ、聞いてんのか!? 組合ギルド長としてケジメをつけてくれって言ってんだよ! わからないか? 俺の言っていることがそんなに難しいか!?」


 苛立った様子のシャルダが怒鳴ると、ゴランはシラけた表情を見せながらボソッとつぶやく。


「で? 俺は、何すりゃいいんだ?」

「……は? 正気で言ってんのか?」


 その言葉に、彼らの表情にも不満の色が現れる。 


「あんな……あんたが『気に入らねえ』って言っただろ!?」

「ああ、気に入らなかったから、『気にいらねえ』って言ったんだ。何か悪いか?」

「だったら、なんで動こうとしねえ!? あんたが、そう言ったから俺たちだってーー」

「違う」

「何が違う!」

「気に入らねえのは、テメエらだよ」


 ゴランはシワだらけの目をシャルダに……いや、魔杖16工全員に向ける。


「……は? あんた、何を言ってんだ?」

「テメエのゴタゴタをテメエでカタつけられねえで、泣きついてくる。魔杖16工だのなんだのって、普段、偉そうに威張ってるテメェらがそんな体たらくだから、こんなことになるんだよ」

「「「「……っ」」」」


 一瞬にして、その場が、騒然とした空気になる。


「ふ、ふざけんな! 魔杖組合ギルドの問題だろうが!?」

「何が変わる?」

「……は?」

「魔杖工は、いい魔杖を造る。それだけじゃねぇか? 俺はヘーゼン=ハイムってヤツのこと知らねえんだよ。魔杖組合ギルドを解体するはわかった。それで? いったい、何が変わる?」

「「「「「……」」」」」


 魔杖16工は、誰もが沈黙する。


「教えてくれよ。わからねぇんだよ。俺たちは……俺は、魔杖を造れなくなるのか? お前らは、その答えを持ってんだろ? だから、ピーチクパーチク騒いでるんだろう?」

「そ、そりゃ……俺たちの仲間が次々とやられてんだろうが!」

「仲間って誰だよ? 旗色が悪くなって、尻込みして泣きついてくるお前らか? 魔杖工テメェの腕で負けて、軍門に降ったクラークか? それとも、外で泣きべそかいてる、半人前の能無しどもか?」

「「「「……」」」」


 魔杖16工は全員黙る。


 そして。


 ゴランは全員を見渡して、再度、静かに尋ねる。


「他には? 何が変わるんだよ。職人が腕を見られるのは、当たり前だろうが? 他に、なんかダメなことがあるのか? だったら、バカな俺に教えてくれよ」

「「「「「………」」」」」


 魔杖16工全員が、下を向いて黙る。


 やがて。


「……誰も知らねえのか? ハーッ」


 白髪の老人は、呆れ顔でため息をつく。


「お前ら……よく、そんな時間ひまがあるよなぁ。羨ましいよ。あーだこーだと騒いで、魔杖をロクに造りもしねえ……要らねえなら、その時間を俺にくれ。組合ギルド長の地位なんか、いつでもくれてやる。だから、魔杖を造る時間を俺にくれよ」

「「「「……っ」」」」


 ゴランの声は静かだった。


 だが、その言葉には明らかな嫉妬が込められていた。それは、自分よりも若いにも関わらず、未来さきがあるにも関わらず、魔杖というものに向き合わない。そんな彼らに向けた切なる怒気だった。


「そ、そんな勝手が許されるか! そんなんだったら、なんでアンタは組合ギルド長になったんだよ!?」

組合ギルド長になれば、いい宝珠えものが手に入るだろうが」

「……っ」


 そう答え、ゴランは自らの拳を思いきり強く握る。


「やっと……やっと、ここまで来られたんだ。いい宝珠えものを最初に選べるまでの高みに」

「あ、あんたそんな理由でーー」

「他に何がある?」

「……っ」

「俺の腕のピークは、あと数年ほどだ……俺は、あと幾つの魔杖を造れる? どれだけの宝珠えものに出会える? 足りねえ……足りねえ……足りねえ……足りねえんだよ!」

「「「「……」」」」


 白髪の老人の叫びは、彼らの胸に、どこまでも轟轟しく響いた。それは、焦りだった。帝国の現役最高と謳われる魔杖工の、飽くなき焦燥感が、魔杖16工の胸をひりつかせる。


「俺はなぁ……ただ、いい魔杖が造りてぇんだよ。俺の腕で歴史に残るようなスゲエ魔杖が造りてぇ。帝国一の……いや、大陸一の魔杖が造りてぇ。そして……魔杖工としての最高の誉を抱いて、俺は死んでいきたいんだよ」

「「「「「……」」」」」

































「わかりました」


 その時、部屋にヘーゼン=ハイムが入ってきた。


 

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