激闘


           *

 

 カエサル伯がイルナス皇太子に辿り着いたのは、偶然だった。強いて言えば、砂国ルビナが他の反帝国連合国と上手く連携が取れていない。その一点で、捜索する国を第一に選んだ。


 その中で、ルクセニア渓国で編成された魔軍の動きが各地で急に活発化した。何かあるな、と訝しみ動向を探った結果、標的を見つけることに成功した。


「……イルナス、離れてろ」

「う、うん」


 竜騎から降りたラシードは、黒刀を抜き構える。一方で、巨大な狼の獣人は、不敵な笑みで話し始める。


「お久しぶりです、イルナス皇太子」

「……っ」


 童子は、あらためて目の前の相手の強大さに驚く。以前はただ、その存在に震えていた。だが、強くなりたいと切に願い、『戦う』と決めた今、この狼と対峙することで、以前とは比にならないほどの威圧を感じる。


 これほど……これほどまでに、恐怖が湧き上がってくるものなのか。


「ご安心ください。大人しく来ていただければ、殺しはしません」

「っと、その話は俺を倒してからにしてくれ大将」


 褐色の剣士が、黒刀を構えながら不敵に笑う。どうやら、先ほどまでの禁断症状が一気に振り払われたようだ。


 いや……目の前にいるカエサル伯の凝縮された殺気が、雑念を入り込ませる余地すら与えないのだ。


「元竜騎兵ドラグーン団団長ラシードか……相手にとって不足はないな」

「……」


 ラシードは何も答えずに、黒の曲刀を静かに構える。普段の飄々とした佇まいとは全然違う。息を吐くことすら、瞬きをすることすら、この男の前では危険とすら感じる。


「……」

「……」


 領域テリトリーを、互いに探りながら、ジリジリと攻めぎ合う。


 そして。


 ハラリと大木の葉が落ちた瞬間。


 カエサル伯は高速の速さでラシードに向かって突進し、鋭い爪で高速の斬撃を繰り出す。だが、褐色の剣士は、まるで踊るような華麗な足捌きで躱し、黒刀の斬撃を返す。


 ガキン。


 蒼ノ狼あおのおおかみは、その斬撃を鋼鉄のような硬さの筋肉で弾き返す。刃自体が、まったく通らない。


「…… あっ……いっ……たあっ! なんて硬さだよまったく」


 弾かれた黒刀の勢いを殺しながら、持ち手を変えて構え直す。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっおおおおおおおっ!」


 カエサル伯もまた鋭い爪で反撃すると、ラシードが黒刀でいなす。


「……凄い」


 イルナスは、思わずその戦い方に魅入る。


 単純な膂力。そして、肉体の強度は、カエサル伯に分があるが、それを圧倒的な剣技と間合いで対抗している。


 相手は帝国最強の四伯。


 一撃一撃は、鋼鉄すら真っ二つにするほどの威力。それを、純粋な剣技のみで躱し反撃を繰り出すラシードに、感動すら覚えた。


 だが。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「くっ……」


 その苛烈な猛攻は止まることはない。無尽蔵の体力で、高速の斬撃を放つ狼に対し、褐色の剣士は押され始める。


「……」


 ラシードが黒刀を鞘にしまい、白の曲刀を抜く。


 それは、白い刀身だった。まるで、三日月のような曲線を描いた美しい剣だ。


月下ノ理げっかのことわりか……」

「その名は好かねえ。孤月ノ太刀こげつのたちと呼んでくれ」


 そう笑い。


月影げつえい


 褐色の剣士が曲刀を振るうと、三日月を型どった無数の斬撃波が放たれる。


 一方で、カエサル伯は、高速の足運びで躱しつつ間を詰めようとするが、ラシードが上手く位置を移動して至近距離までは近づかせない。


「……」


 恐らく、超高速の抜刀『雪月花』を狙っているのだろうが、警戒された状態では弾かれると判断しているのだろう。


 一方で、カエサル伯もラシードの一瞬の隙を狙っている。


 互いに、目で追えないほどの斬撃で火花を散らすが、そこには不可思議な静寂を感じた……恐らくは、互いに本気は出していない。


 いや、必殺の一撃を繰り広げるために、超高速の読み合いが繰り広げられている。


「……」

「……」


 イルナスの目には、まったく互角に見えた。強いて言えば、ラシードの体調は万全ではない。そこに集中力の綻びが懸念される。


 長期戦は危険。


「……」

「……」


 互いに、極限の殺気を当て合う状況が続く。どちらも動いてはいないが、脳内ではコンマ1秒にも満たない時間で、幾千通りの攻防が繰り広げられているのだろう。


 やがて。


「イルナス……逃げろ」

「えっ?」

「どうやら、命懸けになるらしい。だが、お前だけは逃す」

「……っ」


 ラシードの背中には、ジトっと汗が滲む。


「くだらんな。それがお前の判断か?」


 カエサル伯が、獰猛な殺気を撒き散らしながら吐き捨てる。


「少なくとも、私はイルナス皇太子を殺しはしない」

「だが、籠には入れておくんだろう?」

「……この場から離れれば、反帝国連合国の連中に捕まる。ヤツらに捕まれば死ぬよりも辛い目が待っているぞ?」

「だが、逃げ切れる機会チャンスができる。反帝国連合国からも、お前からも逃げれれば俺たちの勝ちだ」

「バカな! 反帝国連合国のトップ相手に逃げ切れるとでも? 主人にそんな博打をさせると言うのか!?」

「主人じゃねぇ……友達ダチだ」

「……ラシード」


 童子はギュッと拳を握る。


「お前なら、やれるさ。なあ、イルナス?」

「……」


 褐色の剣士の背中しか見えなかったが、童子には彼がどんな表情をしているのか、わかった気がした。


「……」

「……」


 そして。


「……ごめん!」


 イルナスは、竜騎に飛び乗って走り出す。


 すると。


「くっ……愚かな」


 カエサル伯が、ラシードから間合いを外し、イルナスの方に向かって四足歩行で走り出す。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 すぐさま竜騎に追いつき蒼ノ狼あおのおおかみが、鋭い牙で噛みつきにかかる瞬間。































 イルナスが、カエサル伯の右腕を斬り。


 ラシードが、その背中を斬りつけた。

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