追跡


 イルナスは唖然とした。このアル中がアル中過ぎて、使いものにならない。


 毎晩、酒を補給していたので、気づかなかった。


 ボーッとしているのかと思いきや、突然、いるはずのない敵の残像に斬撃を繰り出す。夢遊病者のように夜に徘徊して、酒を探し始める。ガタガタと震え出して、情緒がまったく落ち着かない。


「……なんか、寒くないか?」

「そ、そう?」


 どちらかというとポカポカ陽気なのにな、と思いつつ、毛布を渡すと、数秒後にビッショリと汗をかき始めた。


「いや……熱いな」

「ヤバっ!?」


 ガビーンとしながら、別の意味で震える。

 

 このままだと、完全に使い物にならないので、ゴラスレーダ村に到着した時に、なんとか酒の補充をしなければと強く思った。


 だが。


「だ、駄目だ……見張られている」


 イルナスとラシードが草むらから村を覗くと、すでに、兵が配備していた。敵の包囲が想定よりも遥かに早い。


「……」


 !?


 スチャっと。


 ラシードは黒刀を抜いた。


「ちょ、ちょっと! 何する気!?」

「アイツらをぶっ倒して、酒飲ましてもらう。なに、殺しはしねぇ」

「ま、マズいよ。マズイって」

「酒飲みてえんだよおおおおおおおっ!」

「ヤバっ!?」


 完全に末期のアル中だ。


 それから、必死で半泣きで説得して、ラシードは泣く泣くその場から離れた。


 ユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッササユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサ……


「……っ」


 雰囲気が最悪過ぎる。


 イルナスは、改めて酒の怖さを知った。まさか、これほどまでにアルコール依存症の禁断症状が出るとは。


 もし、敵に捕まらずに生き残れたら、ヤンと一緒にラシードの更生プログラムを組もうと心の中で誓った。


「つ、次の町にはお酒あると思うから。次まで、次まで我慢しよう」

「……ああ」

「……っ」


 く、暗すぎる。


 数日前までは、『俺に任せておけ』的なことを言ってて、完全に尊敬一色だったのに。お酒でここまで変わるなんて、思ってなかった。


「……」

「……」


          ・・・


 く、空気が重過ぎる。比較的歩きやすい山道を竜騎で闊歩しているが、会話はもちろん、顔に生気が感じられない。


「……喉が渇いたな」

「は、はい! 水」

「……」

「……」

「俺が欲しいのは水じゃねえんだよおおおおおおっ! 酒飲ませろおおおおおおおっ!」

「……っ」


 じ、地獄過ぎる。


 その時。


 ラシードが、急に竜騎の速度を上げた。今までの速さとは桁違いの速度だ。前に刺客を振り払った時と同じ……いや、今の方が速いくらいだ。


 そして。


「……くる」


 ボソッとつぶやいた。


「げ、幻覚だよ。それは、誰もいなーー」


 背中のイルナスがそう言いかけて、言葉を止めた。確かに、感じる。未だ遠いが、凝縮された殺意だ。


 人間のもの? いや、もっと野生味が強い……動物? いや、それとも何かが違う。


 ラシードの表情が、見る見るうちに変わっていく。顔はやつれて、目のクマも凄いが、真剣な表情そのもの。


 それこそ、これまでとは比較できないほどだ。


 竜騎の速度は、信じられないくらい速い。障害物の回避も淀みがなく、山道をこれ以上早く走ることはできないほどだ。


 それでも。


 殺気が近づいてくる速度の方が速い。魔獣の中でも相当な速度を誇る竜騎……しかも、ラシードが操る竜騎の速度を超える速さで近づいてくる。


「ラシード!」

「黙ってろ……舌を噛むぞ」


 褐色の剣士の表情には、焦りが見られる。


 やがて。


 数メートルを超える巨大な影が飛び出し、ラシードとイルナスの前に立ちはだかる。





































「見つけたぞ……」

「……っ」


 蒼ノ狼あおのおおかみと化したカエサル伯が、ニヤリと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る