奴隷


           *


 帝都平民街の工房で。


「あっ……こっ……さ……ぁ……ん゛ん゛っ!?」


 勝負は、満場一致で決した。


 両者で製作された魔杖は、比較すると明らかに、次元が違った。いや、クラークの製作したものが酷かった。


 飛距離は、クラークのものが50メートル。一方で、ヘーゼンのものが500メートル越え(計測不可)。威力は、クラークのものが数十センチ四方の石ころを破壊ほど。ヘーゼンのものは数メートル四方の岩石を粉々にするほど(計測不可)。


 審判員は全員クラークの身内だったが、明らかな不正ができないようには契約魔法で決められていた。多少の心象などはともかく、ここまで差がつけば、自身の心根に明らかな虚偽が混じるので、満場一致でヘーゼンに軍配が上がった次第だ。


「あっ……こっ……さ……」


 終わった。


 あっという間だった。


 そんな訳はないのに。


 まるで、1秒にも満たなかったようにも感じた。


 一方で。


 カチャカチャ。


「はい、お疲れ様。キチンと寝たかい? 気合いが空回りしていて、身体が全然動いていなかったじゃないか。ご飯もロクに食ってなかっただろう?」

「……っ」


 ヘーゼンは、平然とクラークに首輪をつけながら反省を促す。もはや、ノーサイドと言わんばかりの、清々しい表情をしていたが、肝心の行動がまったく伴っていない。


「体調管理は、優秀な魔杖工にとって非常に重要なものだ。睡眠をキチンととって、ご飯をバランスよく食べなさい。精神論で修羅場を乗り越えられるほど人生というのは甘くない」

「……」


 グゥ正論。


 ゴリゴリに精神こころを蝕み、睡眠も食事も手につかないほど追い詰めておきながら、躊躇なくグゥ正論でぶん殴ってくる野蛮異常者サイコパス


「これでよし」

「……っ」


 戸惑いに次ぐ戸惑いは完全に無視され、クラークはピンクのハートマークが型取られた派手な首輪(モズコール製)を装着し終える。


「僕は、こういうパフォーマンスは好きじゃないんだけど、約束したんだから仕方ないな。さあ、君は今日から僕の犬だ」

「あっ……こっ……さ……ぁ……」


 あの一方的な宣言を約束と呼ぶのだろうか。勝手に一方的に言われただけで、取り交わした覚えなんて、微塵もないのに。仕方ないって、断固、こっち側が言う台詞なのに。


「……お、俺に何をしろと?」

「いるだけでいい」

「……っ」


 聞きようによっては、彼氏が彼女にささやか優しい台詞。ただ、なぜ、こうも狂気じみてしまうのか。


「魔杖16工の一人である君が、犬として僕に従属してくれるだけで、彼らの精神的なダメージは深くなるからね。今後、魔杖組合ギルドの選抜は、加速していくだろう」

「……勘弁してください! この通りです!」


 クラークは土下座して謝った。誠心誠意、真心を込めて、地面に額を擦り付けた。


 だが。


「そういうの、いいから」

「……っ」


 ん雑っ!? 全身全霊の懇願を、雑に振り払う完全真性異常者サイコパス


「誤解してほしくないが、僕は君の成長を願っているんだよ。無駄な自尊心プライドや、無駄に後輩や部下たちの面倒見がいいところ、そういうところを排除すれば、きっといい魔杖工になれる」

「うっ……ふっ……ふぐぅうん゛ん゛ん゛っ!?」


 クラークは涙を目に溜めながら、唸る。早めに言って欲しかった。さっきから、事後でああやこうや言ってくるが、契約魔法を結ぶ前に、絶対に言うべきだっただろう。


 ズルい。こんなの、ない。こんなのって、ないじゃないか。


 だが、しかし。そんなクラークの情緒など、当然の如くガン無視で、ヘーゼンは淡々と話を続ける。


「ひたむきに、一心不乱に、ただ敷かれたレールをまっすぐに突き進んでいけば、君は大陸トップ級の魔杖工になれると見込んでのものだ」

「……っ」


 見込んで欲しくなかった。見込まれることで、こんなことになるなら、絶対に。


「また、いつでもとは言わないが、数年間に一度は、僕と同じように勝負をする権利をあげよう。それで、僕に勝つことができれば、この奴隷契約を解除してもいい」

「ほ、本当か?」


 クラークは涙を拭いて、顔をあげる。


「もちろん。君にもモチベーションは必要だろう? 『大陸一の魔杖工になりたい』という目標とも一致する。これ以上にないえさだと思うがね」

「……よおおおおおし! やってやるぜえええええええええええっ!」


 散切りギザギザ頭の青年は、空に向かって咆哮をあげる。この男に勝てば、自分は自由だ。


「もういいかな? じゃ、早く歩いてくれ。僕は非常に忙しいから。さっさと済ませたいんだ」

「……っ」


 それは、やるんだ。


 クラークは観客たちが見つめている中で、四つん這いになって歩き出す。周囲にはもちろん、笑いなどは発生しない。


 ドン引き……これ以上ないくらいのドン引きである。


「……」


 だが、それでも、屈辱に塗れながらも、クラークの目はまっすぐ向いていた。


「教えてくれ! 俺に最も足りなかったものはなんだ!? 技術わざか? 精神こころか? それとも……魔杖に対する想いか?」


 聞きたかった。一刻も早く大陸最高峰の魔杖工ヘーゼン=ハイムに勝って、奴隷から解放するには、まずは、彼の技術を盗むことが求められる。


 自分に足りなかったもの。


 まずは、それを知ることだ。


「……」


 ヘーゼンは少しだけ考えて。


 やがて、一言だけ答える。



































「体調管理(二度目)」

「……っ」

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