覚悟


          *


 天空宮殿。ラスベルが急ぎ足で、ヘーゼンの部屋に駆け込んで来た。


「ヤンからの伝書鳩デシトが来ました」

「……」


 ヘーゼンは、手に取った報告文書を読みながら長考する。やがて、一言、ボソッと口にする。


「……マズイな」

「すぐに、暗部を差し向けますか?」

「いや……中途半端な戦力は逆効果だ。逆に捕らえられれば目も当てられない」

「……」


 ヤンがこのような手紙を送ってくるということは、相当ヤバい見立てなのだろう。すでに、敵の勢力は集まっているか。


「私が行きましょうか?」

「……それもダメだ。反帝国連合側には、魔軍総統ギリシアがいるから、すでに大陸トップ級の戦力は揃っていると考えていい。隠密行動などは無理だろう。君はすでに知られた存在だから、確実にバレて天空宮殿に報告がいく」

「……」


 現状を考えると、天空宮殿内に内通者がいることは明らかだ。それを考えると、ヘーゼン陣営の主力が行くことは望ましくないという判断だ。


 天空宮殿内は敵だらけだ。公式にイルナス皇太子の捜索に行くことは手続きに時間がかかりすぎる。


 黙って行けば内通の嫌疑をかけられるか、『無断で反帝国連合国を刺激した』などと言いがかりをつけられるのがオチだろう。


「そうなると、カク・ズさんも使えませんね」

「ああ……」


 他、諸々では戦力不足だ……いや、大陸トップ級の面々が揃っている戦場に突っ込める人材など、それこそ四伯級でないと無理だ。


すーが直接行くことはーー」

「ダメだ。僕は厳しい監視を受けている。それに、イルナス皇太子殿下の居場所がわからない状態だと、長期の離脱になる。影武者(2号)でやりくりはできずに、アウラ秘書官かモルドド秘書官に気取られる」

「……」


 八方塞がり。考えれば考えるほど、絶望的な状況だ。ラスベルは、厳しい表情を浮かべて尋ねる。


「ヤンは、どうする気でしょうか?」

「あの子も、イルナスの位置を正確には掴んでいないんだ。反帝国連合国の動きを近くで監視しているというところだろう」

「……そんなに冷静でいられますかね?」


 青髪の美少女は、心配そうにつぶやく。今頃、アタフタしているんじゃないだろうか。イルナス皇太子のことで、自分を責めているんじゃないか、胸がギュッと締めつけられる思いがする。


 だが、ヘーゼンにはそんな様子はない。


「大丈夫だよ。それくらいの修羅場は潜らせてつもりだ。危険な場面であればあるほど、冷静になり、力を発揮する子だ」

「……確かに」


 そう言われれば、そんな気もする。本当に不思議な子だ。まるで、万華鏡を見ているかのように、見方を変えれば、さまざまな風に見えてくる。


 一旦、ヤンへの心配を打ち消し尋ねる。


「でも、どうしますか?」

「どうもしない。静観だ」

「……っ」


 その答えに、ラスベルはギョッとした表情を浮かべる。


「こ、このまま、任せると?」

「ああ」


 ヘーゼンはキッパリと答える。その表情には1ミリの迷いもない。


「後手に回れば負ける。これは、そういう戦いだ」

「……すでに手は打ってあると?」


 ラスベルは、藁をも掴むつもりで尋ねた。だが、ヘーゼンが首を振る可能性が、極めて低いことはわかっていた。


 側近中の側近であるラスベルが把握していないのだ。そして、その防衛策をヘーゼンが彼女に隠す必要はどこにもない。


 しかし……それでも、どうしても、ヘーゼン=ハイムという存在には、万能を期待してしまう。


「打てる手は、もう打った。ここからは、打った手の中でやりくりをするべき局面だ」

「……」


 案の定の答えに、ラスベルは更に悲痛な面持ちを浮かべる。そして、自分の無力と情けなさに失望をする。自身が対策を思い浮かばないのに、他人にそれを求めるなんて。


 だが、ヘーゼンはそんな彼女に反して、平然とした表情を浮かべている。


「ラスベル……手がないとは言っていない。これまでのヤンの手紙から、

「……」


 ラスベルは顔を上げる。


「まあ、僕が手を打った訳じゃないがね」

「何を言っているか、わかりません」


 ヘーゼン陣営の面々は、面が割れているから使えない。


 エヴィルダース皇太子陣営も、リアム皇子、デリクテール皇子陣営も、イルナス皇太子の捜索に大規模な戦力を差し向けている。大陸中に敵しか存在していないではないか。


 モズコ……いや、絶対に関係ない。


「まあ、恐らく……としか言えないがね」

「……」


 ヘーゼンはそうつぶやくが、気休めにしか聞こえなかった。ノクタール国の戦力? バーシア女王率いるクミン族の戦力? いや、考えれば考えるほど絶望的だ。


「とりあえずは、ヤンとラシードに任せよう。イルナス皇太子殿下も、己の運命に抗って自ら戦おうとされている」

「……」


 ラスベルは、そこにヘーゼンの覚悟を見た。任せるところは、とことん任せる。そして、結果はどうあれ、それをありのままに受け入れる。


 そうだ……この人は、そういう人だ。


「っと。時間が経ってしまったな。僕らには、僕らにできることをしよう」


 ヘーゼンは時計を見ながらつぶやく。一方で、ラスベルも力強く頷いて腹を決める。


「……わかりました。私たちにできることは、彼らを信頼して任せることだけだということですね!」









 
























「違う。目下、クラークを奴隷にすることだ」

「……」

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