報告


           *


「ただいまー」


 ヤンが家のドアを開けた時、そこには誰もいなかった。予定では、すでに帰ってきている時間だ。ラシードは、まあ港町で飲んだくれている可能性が高いが、イルナスの状況には不安を覚える。


「……」


 ヤンは、すぐさま、外へ出て、その足で近所の家へ向かう。


「オルラィさん、いますか?」

「……」


 返事はない。数回ドアを強く叩いたが、反応もない。人のいいおじいちゃんなので、近所にお裾分けでもしている可能性はあるが……ヤンは、すぐさま、隣の家に向かう。


「マギーさん、いますか?」

「ああ、ヤンちゃん。帰ってきたのね」


 彼女は、心配そうな表情を浮かべながら出てきた。その時点で、何かが起こっていることはわかった。


「イルナス君、港町にいるらしいから迎えに行ってあげて」

「何かあったんですか?」

「ラルド君が、壷毒蟲こどくむしに刺されちゃって、あの子が担いで港町まで運んだらしいのよ」

「……」


 それは、マズイなとヤンは思う。


 壷毒蟲こどくむしは、冬の砂浜に生息する魔虫だ。体内に毒を孕み、針などで突き刺して身を守る。今の時期は出ないので、血清を持っていなかったのだろう。


「他の子どもたちは大丈夫でしたか?」

「全員無事よ。イリス先生が連れ帰ってきて、ガナスク先生が港町に向かってる」

「……どれくらい前ですか?」

「1時間くらいかしら」

「わかりました。私もすぐに向かいます。ありがとうございます」


 ヤンはすぐさま、家に戻って手紙を書いて、伝書鳩デシトでヘーゼンに向かって手紙を出す。もはや、居場所バレを気にする必要もないので、飛行経路は単純なものにした。


 今、重要なのは早さだ。


 すぐに、この村の保護をしてもらわなければいけない。気づかれていない可能性もあるが、どの道、ここにはもういられない。


 ヤンは、荷物をまとめて竜騎に乗り込む。そして、村に向かって深々とお辞儀をする。お世話になった人々に挨拶ができない心苦しさを感じつつ、港町に向かう。


 とにかく、今の状況を捕まえないと、どうにもならない。


 港町に潜伏すると、未だ人は多くいた。前とは、少し雰囲気が違う。なんとなく、物々しい雰囲気で、殺伐としている。


 すぐに路地裏に入り、小さなスティック型の魔杖を構え、大通りの人を物色して狙いを定める。そして、同い年くらいの少女めがけて魔杖を振るう。


 すると。


 ヤンの風貌は、目鼻立ちも身長もまったく違う、先ほどの少女の風貌になっていた。


 魔杖『魔鏡変化まきょうへんげ』の効果である。常時魔力を消費する代わりに、指定した別人に成り代わることのできる魔法だ。


 それでも、あまり変な行動をすると怪しまれるので、大通りを歩きながら聞き耳を立てる。


「金髪の……が……」「ラシードが……」「神経質そうな……い男が……」「突然扉が……」「外で竜騎が……」「外に……まみれ……死体が……」「途中で……首が」「酒場に……の死体が……」「医院が……」


「……」


 相当マズイことにはなっているらしいなと、大まかに把握しながら、頭をグルグルと回転させる。


 噂話を大まかに整理すると、イルナスの身元がバレて、ラシードが救出をしたということらしい。死体が外にあることから、戦闘になったのだろう。


 ということは、ここは敵の巣窟になっている危険がある。ヤンは、そのまま一つの料理店に入って、席に座ってボーッと外を眺める。


「ご注文は?」

「西瓜炒めと粉ミルクのサラダ」

「……かしこまりました」


 注文を受けた店員は、数分後に料理を出してきた。

ヤンは、滑らかな手つきで皿の下についていた小さな羊皮紙を素早くふとももに置く。


「うっわー。美味しそう」


 ゆっくりと食べながら、目線だけを下にして羊皮紙に書かれた文字を読みながら、考えを整理する。


「……」


 どうやら、逃亡は成功したらしい。ラシードとは、不足の事態が起きた時のことは決めていた。これは情報屋からの手紙で、向かう先の候補が書かれていた。


 候補は3つ。クミン族のバーシア女王に庇護を求めるか、精国ドルアナの深い森に潜るか、北東の海を渡り、別の国に行くか。


「……」


 逃亡の経路が限定されている以上、他の選択肢もあり得るが、とにかく砂国ルビナからは脱出しないといけない。


 相手は、逃亡先から範囲を予測して、徐々に狭めてくるだろう。相当な戦力を動員してくると思われるので、1週間以内には確実に補足されてしまうだろう。


「……」


 壷毒蟲こどくむしに刺された子どもが行方不明……その文字に思わず目が止まる。ラシードが情報屋に指示したことならば、このようには書かれない。


 ヘーゼン=ハイムが……いや、あり得ない。あの人は痕跡を残さないように、あえてヤンの潜伏場所を聞かなかった。


 だとすると、誰が……


 ヤンの中では1つも候補は上がらなかった。その子が見つかれば、イルナスの潜伏先が割れる。とすれば、村人たちにも迷惑がかかる。


 イルナスの逃亡を助ける勢力が他にある?


「ご馳走様ー」


 皿の下に羊皮紙を置き、呑気な声をあげて、会計をして店を出る。そのまま大通りを歩く。そして、そのまま医院へと向かう。


「……」


 医院の扉は、真っ二つになっていた。恐らくイルナスが魔杖でやったのだろう。魔医からも話を聞きたかったが、張られている可能性が高い。


「……」


 ガナスク先生が、出発したのは数時間前。竜騎に乗ってはいないそうなので、ヤンが先乗りしている状態だろう。なんとか、捕まえて匿わなければいけない。


 ここからは運だな、とヤンは思う。


 表立った動きはできない。情報屋にはガナスク先生の特徴をあげて、見つけたら知らせるように依頼した。


 ヤンはそのまま医院を素通りして、宿泊施設へと泊まった。





























 結果、ガナスク先生を見たという報告はなかった。

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