ラシード(2)
褐色の剣士の跨る竜騎は、疾風の如き走りだった。イルナスが後ろを振り返ると、数人の刺客たちが置き去りになり、ドンドン離れていく。
だが、間髪入れずに右の側面から数人の竜騎兵が迫ってくる。恐らくは、刺客だろう。ラシードは、手綱で竜騎の進路を変え逃亡を図る。
「ど、どうしてここに?」
イルナスが、その大きな背中に尋ねる。
「どうして? ははっ! ここは、俺の国だぜ?」
ラシードは、襲いかかってくる無数の魔法弾を避けながら笑う。
*
「この町で、異変があったら教えてくれ」
遡ること、半日前。港町に入った褐色の剣士は、すぐさま、知り合い数人の情報屋に告げた。
元
砂国ルビナの王であるフミ王をぶん殴り、故国を追われた『不世出の英雄』。昨今の不安定な内情もあり、ラシードの慕われようは相当だった。
一言声を掛ければ、もはや、町中が監視の目になったようなものだった。
数時間後、酔っ払いを装って、情報屋がラシードにソッと伝えた。金髪の子どもが、顔色の悪い子どもを背負って、全力で走っていったこと。
突然、医院のドアが真っ二つになったこと。その金髪の子どもを、常に監視している怪しい男たちがいること。
「ヒック……」
酔っ払った表情を浮かべながら、ラシードは、その情報屋に、イルナスと刺客たちの行動を探らせた。
*
側面の竜騎を振り切ったラシードの前に、前方から数十の竜騎が追ってきた。すぐに、手綱を動かして、方向変換を図るが、その間で次々と魔法弾が放たれる。
だが。
「「「「……っ」」」」
当たらない。褐色の剣士の跨る竜騎は、左右に跳躍して華麗に躱す。竜騎は一筋の躊躇もなく、ラシードの意思を理解して動く。そこには一瞬の躊躇も乱れもない。
そして。
「「「「……っ」」」」
追いつけない。
刺客たちの竜騎は、真っ直ぐに全力で追いかけているのに……追いつくどころか、猛烈な勢いで離されていく。
「……凄い」
イルナスは、徐々に闇に消えていく刺客たちを見ながらつぶやく。同じ竜騎で、これほどまでに差が出るものか。
当然、刺客たちの竜騎は遅くはない。厳しい訓練を経ているようで、むしろ、かなり速い。
だが。
人竜一体。ラシードが乗るだけで、これほどまでに竜騎が活き活きと躍動するものか。異常なトップスピードを常に維持しながら、手綱に合わせて俊敏で柔軟な動きを見せる。
これが……元竜騎兵団団長の手綱捌き。
「ど、どこに逃げるの!?」
イルナスが大きな背中に尋ねる。
「さあな。とにかく、今は相手を撒く」
「ヤンは?」
「家で待っているかもしれねぇが、もう、家には戻れねえな。まあ、アイツのことだから、すぐに追いつくだろう」
「……」
イルナスはギュッと胸を抑える。それは、砂国ルビナの生活の終わりを意味していた。こんなにアッサリと日常が壊れるなんて、思ってもみなかった。
明らかな油断だった。
「……ごめん」
「あ?」
イルナスの謝罪に、ラシードが聞き返す。
「僕のせいだ。僕のせいで、ラシードを危険に晒した……ヤンも、危険に晒してしまう」
「そうだな」
「……」
「でも、仕方ねえだろ?」
褐色の剣士は、心地よさそうに風を浴びながらつぶやく。
「俺たちに迷惑をかけたくなけりゃ、お前は家にずっと引きこもってればよかったんだ。そもそも、天空宮殿から逃亡なんてしなければよかった。何にもせずに、ずっと下向いて、怯えて隠れて生きてりゃよかったんだ」
「……ラシード」
「だが、楽しいかねぇ、そんな生き方? 少なくとも、俺は真っ平ごめんだね」
「……」
「目の前の大事なことを置き去りにして、危なくねえ道だけ歩く。小賢しい生き方は、俺は好きじゃねぇ。そんなヤツは、ロクなヤツになれねぇさ」
褐色の剣士は前を向いたまま、童子の金髪をグシャグシャっとなでる。
「……」
「よく知らねえが、イルナス。お前は、そのガキを助けたかったんだろう? 目の前の大事なもん守ろうとして、必死にもがいたんだろう?」
「……うん」
「だったら、それでいい……それでいいじゃねえか」
ラシードは笑を浮かべ曲刀を抜く。刀
その刀は、夜に浮かぶ三日月のように美しかった。
またしても、竜騎が数十体現れる。これで、3方向が塞がれた。だが、褐色の剣士は方向転換を図らなかった。
そのまま、真っ直ぐに竜騎を走らせる。
刺客から、次々と魔法弾が放たれる。距離も徐々に縮まり、もはや。隙間などないくらいに五月雨の如く襲いかかってくる。
だが。
「「「「……っ」」」」
それでも、当たらない。
一瞬にして、竜騎は大きく跳躍をして、魔法弾を飛び越えた。
数十の竜騎兵たちは、すぐさま、近距離用の魔杖に切り替えーー
「……っ」
いない。
イルナスが瞬きをした瞬間、景色が変わった。目の前には、誰もおらず、ただ、ラシードが
後ろを見ると。
数十の刺客たちの胴体だけが見える。地面に首だけが、コロコロと転がっている。
一方で。
褐色の剣士は、驚愕するイルナスに向かってニカッと笑顔を浮かべる。
「
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