ラシード
*
「ふはははははっ! テメェら、こ・の・お・か・ねが見えねえか!?」
ラシードは、札束を豪快に投げ捨てながら、机にある酒を、ガッポガッポかき集めて飲みまくる。店にいた酔っ払いたちも、その景気のいい行動に、バカ騒ぎして呼応する。
「よっ! 大将! あんた、景気がいいねぇ!」「一生、あんたについていくよ!」「マスター、俺も酒くれ!」「俺も俺も!」「あんた、ケチのフミ王なんかよりも、よっぽど頼りになるよ!」
「にゃはははははっ! よーし! 今夜はパーっと行くぞー! 全額、俺に任せとけ! 砂国ルビナの酒ぜーんぶ持ってこい!」
「……」
客を装って監視する霧軍の刺客は、心の中でため息をついた。今や、イルナス皇太子は霧軍の面々から全方位で囲まれている。絶対絶命の大ピンチの時に、こんなバカ騒ぎをするなんて。
なんて、能天気な男だろうか。
ギリシア総統は、なぜ、こんなボンクラのことを非常に恐れているのか。今は、まさに、歴史か動く転換点だ。大陸で最も広大な国土を誇る国の次期皇帝が、捕縛されようとしているのに。
……こっちは、こんな酔っ払いの相手をしなければいけないなんて。
「おい、兄ちゃん」
そんなことを考えていた時、ラシードがいつのまにか側にいた。霧軍の刺客は、内心で動揺しながらも、同じく酔っ払いの
「あー? どうした?」
「ヒック……今日の酒は俺の奢りだから! パーっと行こうぜ、パーっと!」
「マジか! そりゃ助かるな!」
霧軍の刺客は、嬉しそうに酒を飲み干す。方言もイントネーションも、完全に地元民のそれだ。初見では、絶対にバレない自信がある。
「んぐっ……んぐっ……んぐっ……プッハー! あっりがてぇ!」
「にゃははは! 兄ちゃん、いい飲みっぷりだねぇ! もういっぱい行けるかー?」
「もちろんだ! 今日は飲むぞー!」
「サイコー! 酒、サイコー! さあ、行こう!」
「……プッハー!」
肩を組んで、酒をグイッと喉に流して、ゴキュンゴキュンと音を鳴らす。だいぶ飲んだが、酒で酔わない訓練も完璧にしている。
ラシードが酔い潰れたら、他のヤツらに合流するのも手か……いや、イルナス皇太子の状況次第だと、コイツを捕えるのもアリかもしれない。
・・・
「はい、飲んで! 飲んで! 飲んじゃって! はい、飲んで! 飲んで! 飲んじゃって!」
「くっ……」
飲み過ぎだ。というか、どんな肝臓をしているんだ。アルコール度数80度の酒を、間髪入れずにグイグイと飲みまくる。
これで、実に60ショット目だ。
さすがに、霧軍の男の視界がグニャリと薄れる。相当な訓練をしたはずだが、それを遥かに超える量の酒を、グイグイと注がれる。
それから、更に数時間が経過して。
「あははは……ヒック……まら、夜はこれかららぁ! 二次会行こう! 二次会にぃ!」
「「「「……」」」」
ラシードが振り向くが、その場の全員がぶっ倒れていた。霧軍の刺客も、中盤で倒れて寝たフリをして倒れていた。大分、景色はグラングランと揺れるが、自制心は保たれている。
「んらぁ……らーれもいないのか? なんら、らさけらいやつらぁ……はははははっ!」
酔っ払いのアル中は、フラフラっと外へと出ていく。
「……っ」
マズイと思い、霧軍の護衛が急いで立ち上がって追いかける。どれだけ能天気な酔っ払いだろうが、監視は続けなければいけない。
足取りが、フラフラしながらも扉を開けて店の外へーー
「そんなに急いで、どこへ行く?」
!?
「……っ」
すぐ隣を見ると、ラシードが立っていた。
「あっ……いや……ははっ! そりゃ、飲み過ぎたから小便をーー」
「……兄ちゃんさ。あんた、イルナスのこと狙ってるだろう」
「……っ」
ビクッと肩を震わせた時、すでに、刺客の首は空中を飛んでいた。
*
夜中、イルナスは家までの帰路を歩いていた。生徒の子どもは魔医に任せて置いてきた。もちろん、心配だったが、同時に、かなり目立った行動をとってしまったことを自覚した。
ラシードの下へ行こうとも思ったが、2人でいるところを見られるのはよくない。酔っ払って、理性のタガも外れてそうだし、アテになるかどうかも微妙だ。
周囲を見渡すが、特に誰かがついてきている様子はない。まず、見つかってないと思っていいだろう。
「はぁ……」
よく反省しなければ、と思った。目の前のことだけを考えて、周りが見えていなかった。振り返れば、時間の余裕はかなりあった。
もう少し、思慮を巡らせれば、あそこまで目立たなくても済んだはずだ。
そんな中。
かすかな竜騎の蹄音が背後から鳴り響く。そして、どんどん近づいてくる。
「……っ」
明らかに、イルナスの方に向かっている。しかも、相当な速さで……
そして。
「ぐあっ」
突然、暗闇から声が発生した。その方を見ると、うっすら人が倒れているのが見えた。今までは、気配すらなかったのに、今は八方から殺気が渦巻いている。
何が……
何が起こっている。
「つかまれ!」
「……っ
聞き慣れたその声に反応して、イルナスは反射的に手を伸ばした。すると、ガッチリと手のひらを握られ、力づくで身体を引っ張り上げられた。
くるっと旋回して、竜騎に跨ると。
そこには、褐色の剣士の背中があった。
「ら、ラシード!?」
、
「見つかった……逃げるぞ」
「……っ」
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