魔軍総統ギリシア


           *


「……ククッ」


 5歳ほど童子と、魔医の老人の会話を眺めながら、ルクセニア渓国の魔軍総統ギリシア=ジャゾは、小さく笑みを漏らした。


 間違いない。ガストラ帝国皇位継承順位第一位、イルナス皇太子。あの滑らかな金髪。利発そうな顔立ち。聞いている情報と完全に一致している。


「……あっ……はぁ……ぁん」


 神経質そうな男は、官能に思わず身悶える。これで、あの忌々しいヘーゼン=ハイムの野望を駆逐することができる。


 イルナス皇太子を捕縛すれば、ヘーゼン=ハイムの首も同時に手に入る。ヤツ自身が高らかとそう宣言をしたのだ。


 帝国での処刑時には、絶対に立ち会おう。いや……内通者のドナナ皇子の協力を得て、危険を冒してでも、捕縛されたヤツに会いに行こう。


 そして……ヤツに尋ねるのだ。『ねぇ、どんな気持ちぃ? どんな気持ちぃ?』って。


「ふっ……いっ……ぐぅうううっ」


 魔軍総統ギリシアは、更に更に両腕を交差して身悶える。そんな姿を想像するだけで、涎が出て、下半身が躍るほど興奮する。


「ふっ……うっふふっ……うっふふふっふふ……本当に、よーく、やったわねぇ」

「はっ。そのまま、監視を続けます」


 そう言って、黒ローブの男は姿を消す。彼は魔軍総統ギリシア直属の暗部『霧軍』の精鋭たちだ。この先、イルナス皇太子にバレずに、密偵をすることなど簡単だ。


 運がよかった……そうとしか言いようがない。


 隣国、砂国ルビナのフミ王の煮えきらない態度から、帝国の懐柔を懸念したルクセルア渓国は、密偵の数をかなり増やしていた。


 結果として、イルナス皇太子捜索とは別の目的の密偵に引っかかった形だ。


 ただ、金髪の5歳児などは、いくらでもいる。今回、イルナスの存在が露見したのは、港町での異様な振る舞いだった。


 激しく息をきらしながら、鬼気迫る様子で、子どもをおぶって、大通りを激走する。その目立った行動に、密偵が注意を引かれて凝視したのだ。


 そして、その子どもは魔杖を駆使して、ドアを真っ二つにしたのだ。


 そんな異常な振る舞いをする5歳児は、大陸広しと言えど、イルナス皇太子ぐらいなものだろう。霧軍の密偵は、すぐさま、魔軍総統ギリシアに連絡をして、ここに呼び寄せた次第だ。


「このまま確保しますか?」

「……いや。油断は禁物ね」


 霧軍の首領ヘルーメ=ツターンが尋ねるが、魔軍総統ギリシアは首を横に振る。大好物が目の前にあるが、こんな時ほど慎重にしなくてはいけない。


「……」


 イルナス皇太子の護衛が見当たらない。絶好の好機であることは確かだが、この戦力で勝てるかどうかの確信が持てない。


 なんせ、あのヘーゼン=ハイムが絡んでいるのだ。


「……」


 この判断は難しい。今にも飛びついて確保したい想いにも駆られるが、脳内の片隅に、あの黒髪の男の姿が見え隠れする。


 あの男ならば、不意に見つかった場合の対処も、考えている可能性がある。


 そんな中で、他の霧軍の密偵が現れ、魔軍総統ギリシアに耳打ちする。瞬間、神経質そうな男の表情がグニャァと歪み、大きく舌打ちをする。


「ちっ……ラシードか」


 どうやら、酒場で飲んだくれているところを発見したらしい。当然、イルナスの護衛だろう……厄介な剣士を護衛にしている。


 つい、先日、ヘーゼン=ハイムの陣営から消えたと報告が入っているが、まさか、イルナス皇太子の護衛を任されているとは思わなかった。


 ヘーゼン=ハイム陣営の中でも、間違いなく最強の剣士。


 想定していた中で、最も厄介な護衛だ。


「どうされます? ここから、酒場までの距離は数百メートル離れています。我々ならばーー」

「……んん、焦っちゃダメー」


 ラシードの機動力は侮れない。イルナス皇太子の誘拐に手間取れば、この距離なら確実に戦闘に絡んでくる。


「……」


 イルナス皇太子自体も、なんらかの魔杖を携帯しているという話だ。『不能の童皇子』とは言われているが、ある程度の戦闘力は保有していると考えるべきだ。


「……」


 『魔法は使えない』という情報だったので、ヘーゼン=ハイムが製作した魔力蓄積型の魔杖だろうか。

 

「念には念を入れる……絶対に逃さない」


 ここで逃げられれば、ヤツらは更に警戒を深めて潜伏をする。そうなれば、更に見つけるのが難しくなるし、帝国の他勢力に狙われる危険もある。


「どうされますか?」


 霧軍の首領ヘルーメ=ツターンが尋ねる。


「まずは、トップに話をしなくちゃ仕方がないでじゃう? 蒼国ハルバニアに向かう。あとは、頼んだわよ」


 魔軍総統ギリシアは、ウインクをして自身の魔杖『千里ノ霧せんりのきり』を掲げる。


「……まさか、英聖アルフレッドの力を借りるというのですか? 5歳の童子を捕えるのに、そこまで」

「お・バ・カ・さん。相手は、元最年少竜騎団団長ラシードよ?」


 一瞬にして、武国ゼルガニアの軍長クラスをなす術もなく斬り捨てた神速の剣士。紛れもなく、接近戦では最強クラス。竜騎を駆使した機動も考えると、非常に厄介な護衛だ。


 用心をするに越したことはない。


「……他の国にも要請を求めると?」


 その問いに。


 魔軍総統ギリシアは、歪んだ笑みで答える。

































「もちろん。各国のトップ級を集められるだけ」

「……っ」



【あとがき】


こんにちは! いつもご拝読ありがとうございます!

今回、つぎラノにノミネートされました!

ぜひぜひ、投票お願いします!

汚ねえ政治家ばりの集団固定票で『ふははははっ! 圧倒的ではないか我が軍は』と言わせてください!


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今後とも何卒よろしくお願いします!


               花音小坂

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