イルナス


           *


 砂国ルビナ。朝の日差しが舞い込む前に、イルナスはパッと目をあける。すぐに起き上がって、隣のアル中の隣にヤンがいるのを確認し、ホッと安心をする。


 この子は当たり前にいるようで、全然当たり前のようにいない。


 この前は、起きた時にいなくて、早朝から必死に探し回った。結局は、普通に帰ってきたのだが、その日はヤンとは一度も口を聞いてやらなかった(当の本人はホケーっとしていたので、気づいていないだろうが)。


「……」


 アル中は、当たり前のようにアル中でいるのに。


 イルナスは外に出て、準備運動をして走り出す。心肺機能は大分充実してきた。足腰も大分鍛えられてきた。


「ホッホッホッ。元気でいいねえ」

「オルラィさん、おはようございます!」


 走っていると、畑仕事をしている白髪の好々爺が、腰をポンポンと叩きながら声をかけてくれる。この人は、家の隣人で、たまに収穫した野菜をくれる。


「あらあら、元気がいいのねー」

「マギーさん。おはようございます」


 こちらも、世話好きのおばさんで、頻繁に、ちょっと固めのパイをくれる。他にも数人が声をかけてくれる。なんとなくだが、声をかけられると頑張りたくなってしまうのはなぜだろうか。


「はぁ……はぁ……はぁ……よしっ!」


 走るのを終えて、剣術の修行を始める。今では、ラシードとまともに切り合えるくらいには成長した。さすがに一本は奪えないが、『驚異的な伸び』と褒めてくれた。


 お世辞でも嬉しい。


「ふぁ……やるかぁ……」

「よろしくお願いします!」


 二日酔いのラシードが、頭を押さえながら剣を構える。もはや、この構えが流儀なのかというくらい、毎日二日酔いだ。


 それでも、全然勝てないのだから悔しい。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「よし、これくらいにしておくか」


 結局、一太刀も浴びせられることはなく、修行は終了した。


 家に戻ると、すでにご飯が用意されていた。


「いただきまーす」


 イルナスは元気よく言って食べる。ヤンの料理は上手いが豪快で大味だ(とにかく早い)。繊細な宮廷料理とは全然違うが、こっちのが断然美味しい。


「今日は、私、遠出してきますから。夜、遅いと思うんで、先に食べてて下さいね」

「えっ! どこに行くの!? 僕も行きたい!」

「イルナス様は学校があるからダメでーす」

「くっ……」


 駄々を捏ねたいが、それだとまんま5歳児になってしまうので、グッとこらえる。


「へ、へへーん。いいもーん。僕も今日、遠足だから」


 代わりに、精一杯強がる。


 だが。


「遠足?」


 予想した反応とは違って、ヤンは怪訝な表情を浮かべる。


「う、うん。港町の近くの海に行くんだ」

「……うーん」


 黒髪の少女は、悩ましげな表情を浮かべる。


「どうしたの?」

「……ラシードさん、どう思います?」

「まあ、港町に入らなければいいんじゃないのか」

「……うーん」

「……」


 どうやら、刺客に見つかることを恐れているようだ。港町には、前にも行ったことがあるが、あくまでもヤンとラシードがいたから安心だったということだろう。


「あの、僕、やめておいてもいいよ?」


 悩ませるのが、なんだか申し訳なくなって、イルナスが申し出る。


「……いえ。遠足なんて、最高じゃないですか。私もよく行きましたよ」

「どこに行ったの?」

「えーと……断崖絶壁の壁を逆立ちでハイキングさせられたり、灼熱の砂漠を食糧なしでサバイバル合宿させられたり、極寒の湖で寒中水泳させられたりーー」

「さ、最悪じゃないか」

「そうだった最悪だった!?」


 ヤンはガビーンと思い出す。


「と、とにかく! イルナス様は、行ってきて下さい。思い出になりますから。ラシードさん、念のため港町に待機してて下さい」

「ええっ! 面倒くさいな」

「お駄賃あげますから」

「やります」


 アル中は、酒代欲しさに了承した。


 朝ごはんを終えて、ヤンは、何やら用事で見知らぬ場所へ、イルナスは学校へと向かう。


「じゃ、行ってきます!」

「気をつけて、行ってきてくださいねー」


 ヤンはブンブンと手を振って、のほほんと歩き出す。


「……可愛いなぁ」


 イルナスは心の声を漏らしながら、歩き出す。一応、当人としても狙われる自覚はあるので警戒はしている。


 ヘーゼンから渡された魔力蓄積型魔杖『雷光』は、携帯しているので、いざという時は戦うことも覚悟している。


 もちろん、そのまま持ち歩くことはできないので、収納用の魔道具『魔鞄』を開発したらしい。これは、鞄にいれたものを、ポケットに入るほど小さく圧縮できるものらしい。


「……」


 とんでもない便利グッズを、サラッと開発して、ドン引きな限りである。


 学校に到着して、みんなで目的地の海に向かって歩く。3時間ほどの距離だが、砂国ルビナの子たちは難なく歩く。


 やがて。


「うわー! 海だー!」


 イルナスは、思わず感嘆の声を上げる。港町でも見たが、いざ近くに行くと、それはそれで感動する。他の子供たちも、同じような反応を浮かべて、みんなではしゃいでいる。


「……」


 海を眺めているだけで、心が洗われるとよく聞くが、なんとなくわかる気がした。


「隙あり!」


 ひょい。


「うわああああああっ!」


 バシャーンと、後ろから押そうとしてきた子どもを、イルナスはかわす。その子は、そのまま海にダイブした。


「ちっくしょー!」

「ふふふ……ははははっ!」


 イルナスは大きな声で笑う。


 ああ……なんて楽しいのだろうか。


 それから、子どもたちと一緒に、力の限りにはしゃいだ。


 やがて。


「はいはーい! そろそろ、帰りましょう」


 夕暮れも近くになってきて、先生が子どもたちに号令をかける。


 そんな中。

































「うっ……くっ……」


 一人の子どもが、お腹を押さえて苦しみ始めた。

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