散歩


「たっ……まっ……きゅ……」


 クラークは、顎をガクガクさせながら震える。もう少しで、完全に白目になりそうだった。今、見ている光景が、到底現実のものとは思えない。人が人をペット扱いして、散歩させている。


 ……たまにイカれた王がやる伝説のやつー。


 だが。


「いや、本当にいい天気だね。絶好のお散歩日和だ」


 これ以上ない地獄絵図にもかかわらず、若葉から木洩れ出る日差しのように、ヘーゼン=ハイムは爽やかな笑顔を浮かべる。


 一方で。

 

「ご、ごごごご主人様とととととおおおおおととさささ散歩、おおおお散歩ぼぼぼぼ、うううううううれしいいいいいいいいいいっ、ななななっ! うううう嬉しいあいあいあいあいあいあいあいああいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーっ!」

「……っ」


 な、なんだこの壊れきった男は。ガッチリと筋肉隆々で、眼球が完全にイッちゃってる男。ハートを型取った首輪をつけて、四足歩行で吠えている。


 完全なイッヌと化し……いや、むしろ、狂犬。


「こらこら、バライロ。君は今、犬なんだから、人語を話してはダメだろう?」

「……」

「……」


          ・・・


「あんはあああああああああああっ!? こ、ここここここここここれは、たたたたいへん大変しつれれれれれれれれいいいいいをををばーーーーーーー! お、おおおおおおおしおききききぃーーーですか?」

「いや、次に気をつけてくれればいいよ」

「んはあああああああっ! なななななんとととととおやさささしいいいいい! こここここ、こんなお優しいご主人様ををををを困らせるなななんて……バライロお仕置きいいいいいいいいっ! バライロお仕置きいいいいいいいいいいいいいいっ! バライロお仕置きいいいいいいいいいいいいいいええええええええええええええええええええええええええええっ!」

「はっ……はわわわわっ」


 その光景は異常に異様だった。


 何度も何度も……何度も何度も何度も何度も、バライロと呼ばれた男は思い切り自身の顔面を殴りつける。血まみれになりながら、歯が数本抜けながらも、何度も何度も何度も何度も。


 だが。


 黒髪の異常者サイコパスは、まるで、それが日常かの如く、春の木漏れ日のような笑顔を浮かべている。


「……っと。紹介し忘れていたね。彼……いや、この犬は、バライロ君と言って、以前、パワハラで部下を数人殺している」

「ふっ……かっ……つっ……」


 や、やっぱり、ヤバいヤツだ。


「僕が徹底的に仕込んで奴隷にしたが中々便利だ。言うことをきかない頑固な奴隷を……まあ、端的に言うと、君が負けて奴隷になった時の指導上司になるだろうから、今後ともよろしく」


 !?


「わうっ! わうわうわうわう!」

「よろしく、と言っている気がする」

「いん……だす……と……りぃ……」


 信じられない、いや、信じられない。こんな、どこからどう見てもイカれたヤツの下につくなんて、絶対に嫌だ。


「こ、こんなのハッタリだ! わざわざ、見せつけるためにやってんだろう!?」


 クラークは、震える声を振り絞って叫ぶ。


「まあ、そうだね」

「……っ」


 あ、アッサリと認めやがった。


「実際には、こうして散歩なんてしていない。僕も、なかなか忙しいし。今日は、君が外に出たところを見計らって、ここにきた」

「ほ、ほらな! ひ、卑怯な野郎だ。そうやって、脅して、普段やらないことをやって恐怖を煽ってーー」

「ただ、君にはする」

「……」

「……」


           ・・・


「……は?」


 クラークが眼球をガン開きにしながら尋ねる。


「僕は勝率を上げるためなら、なんでもするタイプなんだ。だから、あえて約束をする。君が負ければ、毎日、このように街を散歩させる。もちろん、僕の代わりの主人がね」

「そ……そ、そ、そんなふざけるなっ!?」


 言っている意味が、断固として理解ができない。なんで、自分だけに。普段、やらないことならやるなよ。


 だが、ヘーゼンはさも当然かのように答える。


「だって、?」

「はっ……なっ……だっ……ん……」


 イカれ過ぎる。あまりにもサディスト過ぎてゲロ吐きそうだった。嫌だから、やらないじゃなく、嫌だからこそ、やる。


 コイツの親をブチ殺してやりたい気分だ。


「……ふっ……ううううっ」


 もう……


 もう、無理ぃ。


「な、なんで……なんでぇ!?」


 ブワッと涙を流しながら、クラークは訴える。


「なんで、俺にそんな仕打ちを……俺、なんかお前にしたか? ここまでのこと、なんかしたか?」


 そりゃ、ちょっと調子に乗ったかもしれない。だが、その代償があまりにもデカ過ぎて背負いきれない。こんなのは釣り合ってない。


 まったく釣り合ってないだろう。


 クラークは膝から崩れ落ちて、咽び泣く。そして、そんな光景を上から目線で見ながら、ヘーゼンは励ますように声をかける。


「勘違いしてもらっては困るんだけどね……僕は君に期待しているんだよ?」

「き、期待?」

「君は優秀な魔杖工だからね。追い込んで追い込んで追い込んだ先に、君がどう化けてくれるのか。君の成長を、僕はすごく期待しているんだ」

「……っ」


 過度で、あまりに余計なお世話過ぎる期待。全然、背負いきれていない、クソみたいな期待だ。ものすごく迷惑で、勝手過ぎる期待。


 だが……それしかない……もう、それしか、ないのだろう。やるしかないのだ……やるしか。


 クラークは意を決して、尋ねる。


「お、俺が試練を乗り越えて……お前に勝てると? それを期待しているとでも?」

「いや、僕が勝つ」


 !?


「んどっ……んんんんんんっ!?」


 わからん。


 どういうことなのか、もう、これでもかというくらい、よくわからない。


「理想は、君が奇跡的な大化けをする。だが、どれだけ予想を裏切ったとしても、あらゆる想定を超えたとしても、僕は絶対に君に勝つ。大いに成長した君を、僕は奴隷にしたいんだ」

「……っ」


 甚だ勝手過ぎる。こんな自分本位な異常者サイコパスは見たことがない。



































「そう言う訳で、君が外に出るたび日替わりで、散歩させるから、よろしく」

「……っ」

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