迷い


           *


「帝国一の魔杖工に、俺はなる!」


 5歳のクラークが、魔杖工の父タマキュソ=マーラーに言った言葉だ。


「おお、そうか。頑張ればきっとなれる」


 父は、いつも笑顔で頭をなでてくれた。


「……」


 平民でありながら、貴族に対して対等以上に物を言う頑固な父の背中に憧れて、ひたすらに腕を磨いていた。四六時中、魔杖のことだけを考えて、ただ、ひたすらに。


 母親は、小さな時に死別した。なので、父の働いている工房で育った。職人たちに囲まれて、毎日を過ごした。


 もちろん、短気な者たちも多かったが、全員が熱く、愛情に溢れた不器用な男たちだった。彼らは、自分の子どもかのように可愛がってくれた。


 クラークには、魔杖工としての才能があった。


 もちろん、同世代には負けたことがない。先輩の魔杖工ですら彼には一目を置いた。強気な性格で『やられたらやり返す』の精神だったので、シゴきやイジめなども受けなかった。


 魔杖工になって10年が経過して、念願だった魔杖16工に選ばれた。歴代最年少だった。その時から、『ああ、自分はこのまま帝国一の魔杖工になれるんだ』と確信した。


「俺は曲がったことが嫌ぇなんだ!」


 クラークの口癖だ。


 誰に対してでも一歩足りとも引かない。先輩だろうと、上級貴族だろうと、筋が通らないことは断固として受け付けない。魔杖工組合ギルドにも人一倍愛着を持ち、若手の筆頭として精力的に活動をした。


 真っ直ぐ。


 ストレート一本勝負。


 このまま……真っ直ぐの一本道が続くと思っていた。


           *


 自宅のベッドに寝転びながら、クラークは仰向けになって天井を見つめていた。


「……」


 奴隷。


 負けたら、一生、奴隷。


 こんなことになるなんて、こんな想いを抱くことになるなんて、半日前の自分には想像がつかなかった。戻れることなら、全力で戻りたい。


 そんな中。


「どうした?」


 父タマキュソが、ノックをして部屋に入ってくる。


「いや……別に何もない」


 クラークは反射的に嘘を言った。相談して、どうにもなることではない。というより、『なんでそんな軽はずみなことしたんだ!』と怒られるに決まっている。


「ふふっ。嘘だな」

「……」

「お前が、嘘を言う時はすぐわかる」


 タマキュソは、優しい笑顔を浮かべながら、クラークが寝ている隣に座る。


「手……出してみろ」

「な、なんだよ!?」

「いいから」


 クラークの手のひらを半ば強引にあけて、タマキュソはマジマジとその手のひらを見る。


「いい手だ。毎日、研鑽を怠っていない一流の魔杖工の手だ」

「……」

「お前の腕は、もう父親の俺すらも超えてしまっている。そんなお前の悩みは、俺にはもう解決できないのかもしれない」

「……」

「ただ、これだけは言わせてくれ。今までの自分にもっと自信を持て。お前は、それだけの努力をしてきたじゃないか。俺から言えるのは……それだけだ」

「……っ」


 クラークは目に涙を溜めながら、腕で顔を塞ぐ。


「じゃ、俺は行くわ。ご飯、できてるから」


 そう言い残して、タマキュソは部屋を出て行った。


「うっ……ひっく……ひっく……」


 父さん……


 父さん……


 俺、今度……奴隷にさせられようとしているよ……


 父にとって、自分は自慢の息子だった。今までもそうだったし、これからもそうだと思っていた。リスペクトして、リスペクトされて……そんな関係が、これからもずっと、続くと思っていた。


 父は、奴隷になった自分を見て、どう思うだろうか。


          ・・・


 数時間ほど経過して、クラークは起き上がった。


「仕方ねえ! やっちまったもんは、それでそれだ!」


 誰もいない部屋で、大きな声で独り言をつぶやく。


「俺は曲がったことが嫌ぇなんだ! 今までもそう生きてきた! そして、これからもそうやって生きていく! それでいいじゃねぇか」


 筋を曲げずに死んでいっても、後悔はしない。半日前の自分はそうだっただろう? 何を今更。筋を通さない生き方なんて死んでもしたくない。


 そう自分に誓ったじゃないか。


 悔いなど。


 悔いなど、あろうはずがない。


 あろうはずが……


「……」


          ・・・


「う゛う゛っ…う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛っ!」


 あるー。


 悔いがありまくり。自分は、なんであんなことを言ったのだろう。なんで? なんでぇ? なんでなんで? なんでぇなんでぇなんでぇ? と自問自答が止まらない。


「う゛う゛っ…う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛っ!」


 だって……家族じゃないもん。


 考えてみれば、別に顔も知らんし、なんなら自分みたいになんで頑張らないんだと軽く軽蔑すらしていた。安い酒飲んで、だべって、歓楽街のそんなに顔面偏差値の高くない女に貢いで、本当にどうしようもないヤツらだと思ってた。


 そんなヤツらを守るために……生涯奴隷になる。


 そんなの嫌に決まってる。


「う゛う゛っ…う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛っ!」


 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。それは、あまりにも嫌すぎる。絶対に、絶対に、絶対に絶対に絶対に嫌だ。


「助けてくださいーーーーーーーっ! た、た、助けてくださいいいいい あいあぅああああーーーーーーっ! 誰か……誰かぁ! 助けてくださっ……あいいいいいいっ!」


 その日は、泣きじゃくらながら、ベッドの上で過ごした。


          ・・・


 翌日の早朝。


 クラークは、ベッドから起き上がった。もはや、涙も出ないほど目を腫らしているが、その眼光には、もはや迷いはなかった。


「勝てばいい。そう、勝つしかない」


 そう、残された道は、それしかない。父タマキュソの言う通りだ。自分のこれまで歩んだ道を信じる。そして、精一杯戦う。


 それしか……それしかない。


「っと! やっと、起きたか」


 リビングに行くと、父タマキュソが朝食の準備をしていた。


「おい、どこに行く? 朝ごはんは?」

「要らねえ! 1分1秒も無駄にできねぇんだ」


 そう言い捨てて、クラークは家の扉を開けーー


 




























「おっ、奇遇だね。おはよう」

「はっ……くっ……ぁ……」


 首輪をつけて四足歩行をするイッヌ(恐らく奴隷)と散歩してるヘーゼンと出会った。

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