追跡


「……っ」


 んぎゃあああ、と叫ぶのをヤンは必死に堪えた。 その代わりに、すぐに雷帝ライエルドを召喚。


 瞬間移動魔法、『雷獣』で、その場の脱出を試みる。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 首都リザレクスの路地裏で、その場から脱出したことを確認した。周囲を見渡すが、誰もいない。どうやら、九死に一生の危機は脱したようだ。


「ぶはぁ。あー、ビックリした」


 秘密を知りたいとは思ったが『会いたい』とは、まったく思ってないのに。いや、なんなら、一生どころか来世すらも絶対に会いたくない。


「ゴホッゴホッ……い、いきなり呼び出すとは人使いが荒い」

「す、すいません」

「い、いや……気にし……んごぼらあぁあぁぇ!?」

「ん臓器という臓器が全部出たごめんなさい!?」


 なんたる虚弱ジジイ。


「それにしても、なんでこんなところにすーがーー「ほぉ。便利な能力だな」


 !?


 振り返れば。


 振り返れば、ヘーゼンヤツがいる。


「な、なんでこんなところに?」


 瞬間移動魔法『雷獣』は完璧だった。それから、数十秒も経っていないのに。見たところ、ヤンに気づいている気配はなかったのに。


 なんで、この男に追跡されたのだ。


 だが、脳内にハテナマークが咲き乱れている黒髪少女に対し、黒髪の青年は至極冷徹な表情で、笑みを浮かべて、彼女の頭をグリグリと抑えつける。


「それは、激しく、コッチの台詞なんだが? ヤン、なーんで、イルナス皇子殿下の護衛をしているハズの君が、こんなところに?」

「んぐっ……んぐぐぐぐぐ、っと、それは……」

「まさかとは思うが、任務を放り出して『気になることができたから』と責任感皆無で脳天気な回答ではないだろうな?」

「……っ」


 そう。


 なんなら、まんま、その通り。


 そんなガビーンとした表情を浮かべていると、ヘーゼンは失礼にも深く深くため息をつく。


「ふぅ……まぁ、ラシードを護衛に残して、イルナス皇子殿下をここに連れ出していないだけよしとしようか」

「そ、そうですよ。私だって、キチッと考えてるんですから」

「黙りなさい」

「くっ……」


 便乗を、有無を言わさぬ命令で黙らされる。なんて、無茶苦茶で理不尽なすーだろうか。


「だが、次から離脱を試みる時は気をつけなさい。星読みほどではないが、僕の魔力感知も、程々には優れている」

「……っ」


 なるほど、ヤバい人に魔力を使うとヤバい訳か。それなら、どうすればいいと言うのか。


「離脱ではなく、一瞬で殺害する方法を考えなさい」

「凄いこと考えさせられている!?」


 なんたる狂人サイコパス。自分のことですら、『迷わず殺しなさい』と指摘してくるマジキチ魔法使い。


 普段会わないと、余計に異常者サイコパス


「で? 君は何をしにきたんだ?」

「そ、その前にすーがなにをしに来たのか、教えてくださいよ」


 ヤンは質問を質問で返す。


「精国ドルアナには常日頃から興味があってね。精霊魔法について、見識を広めに来た」

「……私と会ったのは、あくまで偶然ってことですか?」

「今頃、君はイルナス皇太子殿下の護衛をしていると思っていたからな」

「くっ……」


 性格が悪い。


「そ、そんなことしていて、いいんですか? 天空宮殿では、どうせ、秒単位で忙しいのでしょう?」

「イルナス皇子殿下の護衛という最重要任務を放り出して、こんなことをしている君には断固として言われたくないが」

「くっ……」


 前言撤回、性格最悪。


 さっきから、グチグチと説教ばっか。


「今、僕は、魔杖組合ギルドの解散に着手している」

「……なるほど」


 その切り口で攻めているのか、とヤンは納得をする。魔杖組合ギルドの独占を崩すことで、帝国における魔杖工のレベルを引き上げようとしているのか。


「その中で、日々、超利権を保有しているボォイ大臣のヅラを微妙にズラしていく毎日だ」

「なんで!?」


 前後の文脈が、これ以上ないくらい、一致しない。大方、精神攻撃マインドアタックなのだろうが、なんという陰湿な手を躊躇なく企てる悪魔だろうか。


「まあ、僕にできることはささやかな工作をするくらいで、今は密偵たちに任せているからな。あとは、アウラ秘書官次第だろう」

「……っ」


 前言、またまた撤回。性格極悪。


 ささやかな工作で、コンプレックスを抉り、心の傷をグリグリと棒でド突き回す真性異常者。


「で? 君は何をしにここへ?」

「くっ……」


 やはり、話をそらすことはできなかった。


「大海賊アルゴランの故郷だと知って、来てみたんです」

「……なるほど。次の啓示ヴィジョンは彼だという訳か」

啓示ヴィジョン?」

「ああ、気にしないでくれ。僕が勝手にそう解釈しているだけだ」

「……」


 不思議とヘーゼンの言葉はしっくりきた。未来ではないから予知夢とは違う。だが、何か確実にヤンをその道へと導きこうという力が働いている気がする。


すーは大海賊アルゴランのことは知らないんですか?」

「一般の知識程度だよ。かなり昔の人物だからな」

「……」


 なんとなく、本音をそらしたと感じるのは、気のせいだろうか。


「だが、ちょうどよかったな。ついて来なさい」


 ヘーゼンは、そう言って背中を見せる。


「な、なんでですか?」



























「上級精霊に会いに行く」

「……っ」

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