緑髪の少女
シスラクの森。ひときわ、静寂の漂う木々の生い茂った場所だ。そこは、精国ドルアナの人間でも限られた者しか入ることが許されていないと言われている。
「「……っ」」
突然、2人の屈強な森番の影から、無数の黒糸を発生し、グルグル巻きになって雁字搦めになる。
「ふぅ……」
ヤンは小さく息を吐いて
「ほぉ……牙影の使い方が上手くなったじゃないか」
「悔しいけど、いい魔杖です。最初は、
「未熟なだけだろ」
「酷すぎる!?」
そんな風に話しながら、2人は、迷わず不法侵入する。ヤンも、すでに、法律的、同義的な制約に縛られることは無くなった。
「むー! むー! むー!」
「すまないが、ちょっと眠っててくれ」
躊躇なくヘーゼンは魔杖で彼らを気絶させる。そして、改めてシスラクの森の中へと歩を進める。
「ここには、森の精霊シルフが宿っていると言われている」
「なるほど……」
どことなく神秘的な雰囲気が漂っている。人が住んでいる様子は一切なく、森の動物たちに警戒心が少ない。
しばらく、歩いていると、ヘーゼンとヤンは足を止める。
「……人がいるな」
「……はい」
2人は茂みに隠れて、気配のある方に向かって様子を伺う。
そこには、緑色の髪の少女が立っていた。ヤンと同じくらいの歳頃だろうか。純白のローブを着ている。彼女は、大木に耳をつけて、目を瞑り、何やら独り言をつぶやいている。
ヘーゼンは、少女の風貌を見てつぶやく。
「
「
「精国ドルアナの祭事を司る者だ」
「……」
なるほど、帝国でいう『星読み』のような存在かとヤンは理解する。
「……誰か、いるのですか?」
「……」
気づかれた。森に入る前に、『魔力を抑えろ』とヘーゼンから忠告されていたので、極力抑えていたのだが。
ヤンがチラッとへーゼンの方を見ると、すでに排除しようと魔杖を構えている。さすがは、邪魔者に対してはなんの躊躇もない。
だが。
へーゼンは彼女の動向を確認し、その手を止めた。緑髪の少女は、目を開かないまま、あたりをキョロキョロと窺っている。
「あの子……」
目が見えていない。
2人がゆっくりと近づくが、あまり警戒をした様子はない。むしろ、興味深げにこちらの様子を窺っている感じだ。至近距離で見ると、すごく綺麗な女の子だった。
「なぜ、私たちの存在がわかったのですか?」
へーゼンが尋ねる。
「この子たちが騒いでました」
「……」
少女が指差す方には、何もいない。目が見えない彼女の目には、いったい、何が見えているのだろうか。
「もうちょっと、こっちに来てもらえませんか?」
緑髪の少女は、そう言って手招きをする。
「……触らせてもらっても?」
「ええ」
へーゼンが迷わず近づくと、その柔らかな手で、顔から身体を優しく触られる。ヤンもまた、同じく手で触られた。ひんやりと冷たかった。
「なるほど、わかりました。敵意のある方じゃないですね」
緑髪の少女は、ニッコリと屈託のない笑みを浮かべる。
「……」
敵意はないかもしれないが、何かをやらかす気は満々な気がすると、ヤンは思う。
「ここに、何をしに来たのですか?」
「木の精霊シルフに会いに来ました」
「大精霊様に……ですか」
「……」
なるほど、ここでは上級精霊は、大精霊と呼ぶのか、とヤンは納得をする。
「シスラクの山にいると聞きましたが」
「ええ。いますよ」
緑髪の少女は、笑顔で答える。
「見たことがあるのですか?」
「ええ。大精霊様とは、お友達なので」
「……」
へーゼンが大きく目を見開く。
「私も『会いたい』と言ったら、会えるものですか?」
「さあ。好き嫌いが激しいですからね、あの方は」
「
「好き嫌いで精霊と契約したことはない」
「そんなことだから、嫌われるんですよ」
「……契約?」
緑の髪の少女が首を傾げる。
「ええ、契約魔法です。あなたは、精霊と契約魔法を結んでいないのですか?」
「はい」
「……なるほど」
へーゼンは少女を見ながらつぶやく。
「どう言うことですか?」
「稀にいるんだ。契約魔法を使わずに、精霊の力を使える者が。シルフィもそうだな」
「シルフィさん! 懐かしい」
彼は、ゴクナ諸島の海賊で、弓の名手だ。そう言えば、彼も『風の精霊に愛されている』とへーゼンは説明していた。
「下級精霊に好かれるのは、割とよくあることだ。この世界に下級精霊は多く存在するからな。だが、少なくとも、上級精霊と友達であると言った人は初めてだ」
「……」
この子は、いったい、何者なんだろう。
「呼んでは見ますが、気まぐれな方ですから、来ないかもしれませんよ?」
「……いいのですか?」
ヘーゼンは尋ねると、緑髪の少女は屈託のない笑顔を浮かべて答える。
「呼んでみるだけです。『来る』か『来ないか』は大精霊様次第ですから。あまり、期待しないでくださいね」
「……失礼ですが、あなたの名前を聞かせて頂けますか?」
「っと、失礼しました。私は、精国ドルアナの第5王女クロエです」
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