手がかり


           *


「ふーっ。着いたー」


 その頃、ヤンは精国ドルアナの首都リザレクスにいた。どうしても好奇心を抑えきれず、イルナスをアル中のラシードに預けて、来ちゃった。


「……フフ」


 黒髪の少女は、不意に少し前のことを思い出し、笑みを浮かべる。最後まで、粘って行きたがってて、出発する時に子犬のようにシュンとしていたイルナスが可愛すぎた。


 絶対に、最高の土産、買って帰るからね!


 イルナスは帝国、反帝国連合国、全方位からのお尋ね者だ。エヴィルダース皇子は、『捕縛して天空宮殿に連れ戻そうとしている』とヘーゼンの手紙に書いてあった。


 なので、連れ出すなんてのは厳禁だ。


 当然、留守中に狙われる危険もある。だが、24時間365日、守ることはできないので割り切った。


「た、大陸中から狙われているとは思えないほどの能天気さだな」

「アル中に言われた!?」


 とガビーンとする事態にも陥ったが、刺客を怖がって家で震えて引きこもってるのは、人生とは言えない。少なくとも、ヤンはそう考えている。


「わー……割と栄えてるなー」


 首都リザレクスの大通りを歩きながら、黒髪の少女は、大きくクリクリな目をキョロキョロ動かして、あたりを見渡す。


 精国ドルアナは、その名の通り精霊信仰が盛んな国で、至るところにその様相が現れている。帝国とは雰囲気も違うので、歩いているだけで楽しい。


「あっ、お土産見なきゃ」


 早速、溺愛するイルナスへの捧げものを物色することにする。買うのはアル中の酒とともに、最後の方になるが、なるべくいい物を買ってあげたいので目を付けておく。


「お嬢ちゃんお嬢ちゃん。この木彫りの熊は、精霊ドリアード様の加護を受けているよ。一個買ってかないか?」


 出店を構えている店員のおじいさんが、人懐っこい笑顔で手招きをしてくる。


「加護ってなんですか?」

「精霊様の祝福のようなもんだ」

「ふーん。これが、精霊ドリアード様の魔力が篭ってるってことですか?」

「い、いや、こもってないな」

「魔力以外の何かが篭ってるってことですか?」

「……お嬢ちゃん。出店の安物に、そんな高価な物が売ってる訳がないだろう? セールストークだよ、セールストーク」

「な、なるほど」


 要するに、ゲン担ぎのようなものかと納得する。困らせてしまったので、1個買ってあげることにした。嫌な客は目につきやすいので、こうした気遣いが通報の確率を下がる。


「毎度あり。精霊のお導きを」

「……どうも」


 さすがは精霊信仰の国。常に、精霊への感謝を忘れないという気持ちが素晴らしい。


 精国ドルアナは、ことさらに自然と共存する道を選んでいる。宝珠の資源は少なめだが、召喚魔法を使う特殊な宝珠が取れるらしい。とにかく、謎に包まれた国家という印象だ。


 続いてヤンは、出店にいるベテラン風の店員を見つけて尋ねる。


「召喚魔法について聞きたいんですけど」

「……あんた、精国ドルアナに来るのは初めてかい?」

「え? ええ」

「そうか……それは、精霊官のとこじゃなきゃ教えてはくれないよ」

「そうなんですか。それで、その精霊官はどこにいるんですか?」

「……あんたに忠告しておくよ」


 ベテラン風の店員は、キョロキョロと周囲を見てヤンの耳元に囁く。


「他国の人間が、召喚魔法について嗅ぎ回っていると、間者だと疑われて国に捕まっちまうぜ」

「……なるほど」


 そんな気はもちろんなかったのだが、そんな風に見えてしまったらしい。


「もちろん、観光する分にはいい国だからな。綺麗な景色はいっぱいあるし、楽しんでいってくれ」

「ありがとうございます」


 ニカっと快活な笑みを浮かべるベテラン風の店員。これ以上、深入りしてしまうと、この店員に迷惑がかかってしまう気がしたのでやめておいた。


 すると、ヤンの様子に気づいたのか、物知り風のおじさんが近づいてきた。


「お嬢ちゃんお嬢ちゃん。精霊魔法について知りたいのかい?」

「……知ってるんですか?」


 ちょっと、怪しいが話を聞いてみる。


「精国ドルアナの限られた魔法使いしか、精霊召喚は扱えない。それだけ、希少性の高い魔法だ」

「なるほど」


 精霊魔法については、かなり謎に包まれている。他の魔法とは、かなり異質なものになることは間違いがない。


 そこまでは知っている。


「でだ。これ以上教えて欲しかったらーー」

「あっ、大丈夫ですー」


 手を差し出すおじさんに、ニッコリと笑顔を浮かべて立ち去る。基本的に、側に近づいてくる人は詐欺師だと思っているので、一度は断る。


 あとで、その男の素性が知れれば交渉の余地はあるのかもしれないが。


「……」


 ヤンの中で、『今しかない』という想いは強い。ヘーゼンの監視の目から逃れている間に、なんとか、あの男の目的を明らかにしなくてはいけない。


 ヘーゼン=ハイムが何をしに東大陸へ渡ったのか。


 もちろん、敵対する気はない。そんな怖すぎることに断行する気はないのだが、ヘーゼンを恐れて、自分の決断を曲げる気はない。


 だが、今しかない。チャンスだ。


「っと。捜索再開」


 ヤンは気を取り直して、手がかりを見つけるために足を動かす。


 





































 す、すーがいる。

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