思惑


           *


「はっ……くっ……」


 そんなバカなと、ボォイ大臣のスタイリスト担当の魔法使いは思った。完全に90度。ヅラが、完全に90度回転している。


 初日は、『まあ、少しならば周囲にバレないか』と思った。だが、日が経つにつれ、『おいおい……マジかよ』になり、もはや、もう誰もが一目瞭然で、全力でヅラがズレている。


 だが。


「うん……そうだ。これで、昨日と同じだ。間違いない……間違いない……」

「……っ」


 ブツブツと。夢遊病者のように虚ろな表情で、かつ、目をバッキバキに血走らせて、ボォイ大臣は、鏡をガン見しながらつぶやく。


 そんな訳ない。


 そんな訳がないのにー。


「どうだ? ?」

「は、はい」


 だが、スタイリストの魔法使いは、神妙な表情で頷く他なかった。


 最終的な決定権は、常にボォイ大臣にある。以前、最も溺愛していた側室の1人と口論になり、彼女が弾みでヅラについて罵詈雑言を浴びせたことがあった。


 その日のうちに、彼女の髪はすべてブチ抜かれ、ミンチのような死体となって発見された。


 それから、このボォイ大臣の邸宅では『髪の毛の指摘はしない』という不文律が出来上がった。


 彼の正室も側室も、息子も娘も口に出すことはできない。もちろん、周囲の者も、ヅラのことなんて野暮な指摘をする者はいない。


「では、行ってくる」

「あ、あの……」

「ん?」


 もみあげが、完全に鼻の上に乗った状態で、ボォイ大臣は疑問符を浮かべる。


「……いえ。いってらっしゃい」


 スタイリストの魔法使いは、ただ、もう見送ることしかできなかった。


          ・・・


「失礼します」

「ああ、入ってください」

「……っ」


 そんなバカな、と人事省を管轄する副大臣のランスルー=ルコラは目を見開いた。もみあげが、鼻の位置にきている。どこをどうすれば、そんなことになるのか。


「……どうかしましたか?」

「い、いえいえいえ!」


 慌てて否定しながらも、この男は、鏡を持っていないのかと愕然とする。どう考えても、そんなズレ方にはならないだろう。だが、口が裂けても、そんなことは言えない。


 彼は絶対的な権力者だし、第一、人として失礼だ。


 ランスルー副大臣は、なんとか気を落ち着かせて、さも気づいていないかのような全力のスマイルを浮かべる。


「いや、先日はヘーゼン=ハイムという野蛮な平民猿が、訳の分からないことを言って困りましたな」

「そ、そうですな。魔杖組合ギルドの解散などとーー」

「私がヅラであるなどと、根も葉もないような嘘を流布するなど、本当に頭がおかしいと言わざるを得ない」

「……っ」


 いや、ヅラ。これでもかというくらい、ヅラ。


 だが、そんなことは、どうでもいい。今は、そんな個人的パーソナルなことよりも魔杖組合ギルドの話ではないのか。


「……ちょっと引っ張ってみますか?」

「い、いえ! け、け、け、けけけけけ結構です」


 ランスルー副大臣は慌てて、全力で否定する。


「そうですか……いや、では、見ていてください。ふん!」

「……」


 ボォイ大臣は力を入れて、金髪の髪を持つ。不自然なほど髪の毛が持ち上がらない……不自然なほど。


「ほらね。これがヅラであれば、外れるはずだ。だが、このように髪の毛は離れない。それは、そうでしょう? だって、これは地毛なんですから。はい、論破。証明終了でーす」

「は、はぁ……」


 当人は、余裕で勝ち誇っているような表情かおを浮かべているが、現にもみあげは鼻にあり、眼球はバキバキである。


 そんなもん、魔法かなんかで固めているからだろうと、ツッコミたい気持ちにも襲われるが、そんなこと、口に出せない。


「……なんか、言いました?」

「いえ! いえいえいえ! なんにも言ってません」


 ランスルー副大臣は、慌てて否定する。


「……」

「……」

「ちょっと……失礼」


 ボォイ大臣は、慌てて席を外す。


「……」


 ズレたのだろうか(これ以上)。


 そして。


 1時間が経過した。


「……っ」


 遅い。


 いくらなんでも、遅過ぎる。


「お、おい」


 ランスルー副大臣は、同席していた秘書官に向かって話しかける。


「はい」

「だ、大丈夫か? もしかしたら、お身体が悪くなって途中で倒れているのかも」

「……いえ。最近は髪型を確認する時間が非常に長くなってますので」

「……そうか」


 思わず、非常に酸っぱい顔になってしまう。なんという切なさだろう。ヘーゼン=ハイムにコンプレックスを公然と暴露されて、明らかにおかしくなっている。


「……」


 こうして考えると、彼につくのは、得策ではないように思えてくる。アウラ秘書官が言うように、魔杖組合ギルドを解散させれば、自由に魔杖工を雇うことができるし、もうヘコヘコとお伺いを立てなくていい。


「……」


 派閥争いは勝ち馬に乗るのが鉄則だ。もちろん、ヘーゼン=ハイムの思惑に乗るのも不本意だ。ただ、あの様子を見て、彼かアウラ秘書官……どちらに賭けるベッドするかと言われれば、間違いなく後者だ。


「……」


 そうすれば、人事省の大臣ポストも空くか。


 さらに1時間後。ボォイ大臣は、やっと席へと戻ってきた。


「お待たせしました。トイレが非常に混んでいましてね。折りいってあなたにお話があるんです。いや、超名門貴族家同士の話でーー」

































「はい。わかりました」

「クク……ともに、ヘーゼン=ハイムの泣き叫ぶ声を聞きましょう」

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