願望


           *


 ここは、どこだろう? ヤンの意識は、空中から海辺を見下ろしていた。


 浜辺に寝転がっているのは、若い男だった。気絶した状態だが、その右手には、魔杖がシッカリと握られている。


「……」


 そんな中、地に降り立ったのは、白髪の老人だった。かなり高齢のように見え、身体はガリガリに痩せ細っている。


 もちろん、見覚えなどあるはずもない。


「……」


 だが……ヤンは、その漆黒の瞳を、どこか見たような気がしていた。


 老人は、枝のような細い腕を伸ばし、若い男の身体を触る。すると、見る見るうちに傷が癒え、男は意識を取り戻した。

 

「気づいたか」

…………


 若い男がそうつぶやいた瞬間、老人はその瞳を丸くする。


「……どこの国の言葉でもない。あの黒海を超えた者か。妙な気配が東を覆っていたが、そのせいだったか」


 白髪の老人は、ブツブツと独り言をつぶやく。


「言葉……東の大陸の言葉じゃねぇ。お、教えてくれ! お前は、西の大陸の者なのか……くっ」


 若い男は、ガバッと飛び起きて動こうとするが、身体が言うことをきかないらしく、再び倒れ込む。


「若さゆえに無謀は、時として賢者の深謀に勝る……素晴らしいな」


 白髪の老人は、素直にその男を褒め称え、治療を続ける。だが、そんな中、何かの気配を感じたのか、忌々しげに空を見る。


「まずいな……そろそろ、行かなければ」


 老人は、チッと舌打ちをして若い男の方を見る。


「すまない。私は。そう長くは、ここにいることができない」

「ま、待て……待ってくれ。ここは……ここは西の大陸なのか!? 俺は、たどり着いたのか!?」

「……」


 若い男の言葉を無視して、白髪の老人は、指で精巧な紋様を描き、口ずさむ。


<<死を厭う姿を 生を憂う姿を 全なる個を 我に示せ>>ーー千里の開眼ルド・ラダリア


 すると、若い男の身体が白く光り、それが体内に染み込んで行く。


「な、なんだ……今、何をした!?」

「安心してくれ、監視魔法サーバリアンだ。これで、。願わくば、東の大陸へと帰るところを私に見せて欲しい」


 そう答え、白髪の老人は、指を動かしながらつぶやく。


<<地の鎖を払い 空を支配し 太陽を目指す その罪を示せ>>ーー愚者の翼ラドン・ゼノア


 すると、闇の光が老人の背中を覆う。それは、みるみるうちに、翼のような形になる。一方で、若い男は、目を大きく見開き驚く。


「な、なんだ!? その光は……ま、魔法? お前っ……魔杖は」

「では、私は行く」


 若い男にニコリと優しい微笑みを浮かべて、白髪の老人は空中へ飛び立つ。


「ちっ……ロイドめ。流石に早い」


 そして。


 忌々しげにつぶやき、空の彼方へと消えていった。


「これが……西の大陸」


 若い男は、信じられない表情を浮かべながら、そのまま空を見上げていた。


           *


「……」


 意識を戻したヤンは、そのまま目を覚ました。海聖ザナクレクと会談を行ってから、よく若い男の夢を見るようになった。


 恐らくは、大海賊アルゴランの若き日の記憶。


 今のは、西の大陸へとたどり着いた時の光景だろう。彼の中で、強烈に焼き付いた記憶だったに違いない。


「……」


 それにしても……あの白髪の老人、やはり、どこかで見たことがあるような気がする。いや、そんなはずはない。話によると、70年以上も前の記憶だ。


 当然、ヤンは生まれてもいない。


「っと。仕事仕事」


 黒髪の少女は思い出したように飛び起きて、顔を洗って、歯を磨いて、炊事洗濯を始める。イルナスは、すでにおらず、ラシードは相変わらず酔っ払ってグーグー寝ている。


「……」


 料理をしながら、ヤンは先ほどの光景について思い返していた。グライド将軍と雷帝ライエルドの時もそうだった。いくつもの、光景ヴィジョンが頭の中に浮かび、やがて、幻影体ファントムとして姿を現した。


「大海賊アルゴラン……」


 もし、自分の中に彼がいるのなら、姿を現して教えて欲しいと思った。西の大陸のこと……そして、西の大陸でのヘーゼン=ハイムのことを。


「……私の中にいるのなら、出て来てくれませんか?」


 ヤンは胸に手を当てて、ボソッと口にする。


 今まで幻影体ファントムが出て欲しいなどと願ったことはなかった。グライド将軍も雷帝ライエルドも、その時になって導かれたようなものだ。


 だが、今回はヤン自身がヤンの望みで会いたいと思った。体内に眠る螺旋ノ理らせんのことわりは、ヘーゼンが言うには『使用者の願望を具現化する魔杖』だ。


「……」


 それならば、ヤンが強く願えば……体内に、螺旋ノ理らせんのことわりに、大海賊アルゴランの記憶が眠っているのなら、姿を現してくれるんじゃないだろうか。


 ヤンは料理の手を止めて、外へ出た。そして、どこまでも続く地平線を……どこまでも続く空を見ながら胸を押さえる。


 そして、ありったけの魔力を込めて、静かに目を瞑ってつぶやく。


「大海賊アルゴラン……私の中に、あなたがいるのなら……姿を現してくれませんか?」


 すると。


 突如として、ヤンの目の前に、薄い光が発生する。それは、徐々に人の形を成し、やがて、幻影体ファントムとして姿を現す。







 

























「ワシじゃ」

「老害過ぎる!?」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る