西の大陸


           *


 数十分後、ラスベルがヘーゼンのいる執務室に入ってきた。


「アウラ秘書官との会談はどうでしたか?」

「……僕の正体に気づいてきたな」

「えっ!?」

「まあ、確証を得ていない発言だったので、『忘れてくれ』と言っていたが」


 ヘーゼンに尋ねたところで、答えは出ないとわかっていたのだろう。つい、思いついたことを口走った、自分への戸惑いもあったのかもしれない。


「なぜ、アウラ秘書官はわかったんでしょうね?」

「僕は、君にしか言ってない」

「えっ?」

「……」

「……」


           ・・・


「な、なんですかその間は!? 言ってませんよ、ええ、言ってませんとも私は!」


 ラスベルは、まるで自分が犯人かの如く、思いっきりアタフタとする。


「わかっている。たまたま、タイミングが揃うことはよくあることだ」


 まるで、何かの意志に導かれるように……ヘーゼンは、そこに偶然を超えた何かがあるような気がしている。


 だが、ラスベルは納得がいかないように唇を尖らせる。


「だ、だったら! 今の間はなんなんですか!?」

「罠だ」

「……っ」

「君は、あまりにも優等生すぎるな。ヤンなら、『キーっ! なんなんですか!? 私な訳ないじゃないですか!』とか言って歯向かってくるぞ。その行為の是非はともかく、真実を語る時は、それが真実であることを行動で示しなさい」

「くっ……最悪の罠なんですけど!?」

「それにしても、やはり、アウラ秘書官は優秀だな」

「……っ」


 ラスベルの苦情クレームを完全にどスルーして、ヘーゼンは平然と話を進める。


「この少ない手がかりで、ここまで辿り着くことは容易ではない」


 あるいは、反帝国連合国でも数人は辿り着くか。一層、注意を払わなければならないと、ヘーゼンは気を引き締める。


「でも、未だに私も信じられません。西の大陸では、魔杖を使用せずに魔法が使えるなんて」

「君の成長の阻害となるから、黙っていたんだ。あと、僕との信頼関係も十分ではなかったからな」

「……信頼関係?」

「ああ」

「……」

「……」


          ・・・


「十分ですか?」

「うん」

「……っ」


 なぜか、ラスベルがガビーンとする。


 なぜだろうか……もしかしたら、まだ、強育が十分ではないのかもしれない。一層気を引き締めて強育し直さなければいけないな、とヘーゼンは考えを改める。


「で、でも、すーはいったい何をしに、東の大陸まで来たんですか?」

「……欲しいものがあったんだ」


 そう答え、黒髪の青年は、自身の手のひらを見つめる。


「……何ですか?」

「それはまだ言えない」

「くっ……信頼関係は十分なんじゃないですか!?」

「それを言うまでには足りてない」

「……っ」


 ますます、ラスベルはガビーンとする。


「それでも、西で伝えられている東の大陸の話と、実際にこの場所に渡るのでは大きく違ったよ」


 例えば、西の神話では救世主アリストの伝説が有名だが、東のお伽話では、主に魔王と聖王の逸話が語られている。


 寓話が、ここまで根本的に違うのは、まったく別の文化形成を歩んでいる証拠だ。


「……魔法を魔杖なしに使用できるなんて、私は未だに信じられないです」

「多種多様で便利な反面、出力や速度は魔杖が上だ。一長一短で、どちらが優れているとは言えないが」


 それでも、西の大陸の方が、強力な魔法使いが多かった。全体的なレベルとして、東の大陸が劣っているのは実感としてある。


「……特に帝国の魔杖の多様性バラエティは少ない。汎用性はあって使い勝手はいいが、特殊な魔杖は反帝国連合国に軍配が上がるだろうな」


 紅蓮ぐれんを先んじて導入したことで、やっと互角に渡り合えると言うレベルだ。


「……西では、どのような魔法が使われていたのですか?」


 ラスベルが興味深げに尋ねる。


「たとえば、召喚魔法などは便利だな」


 中でも、悪魔・天使召喚などは強力な魔法だ。さらに、それを自身の体内に取り入れる悪魔融合などを行うアシュ=ダールは、最高峰の魔法使いと言える。


「……東の大陸でも、召喚型の魔杖は存在しますけど、かなり希少ですからね。精国ドルアナでしか扱えない秘匿技法ですし」

「上位精霊の召喚も可能か?」

「いや、聞いたことがないです」

「……」


 反帝国連合国の国々は、未だ自身の余力を隠している。彼らは一枚岩では決してない。ヘーゼンが最も注目しているのは、砂国ルビナだが、次点で精国ドルアナだ。


「場合によっては、精国ドルアナに行く必要があるな」

すーは、召喚魔法が使えるのにですか?」

「見ておきたいんだ」


 召喚魔法は、相当に魔力を消費する。魔杖の魔力伝導効率は非常に高いので、自分でも使用が可能ならば製作をしたい。


「……そもそも、西の果てには、黒海がありますよね? それは、どう越えたんですか?」

「内緒だ」

「くっ……肝心なことは何にも答えてくれないのに、なんで私に話したんですか!?」

「それも、内緒」

「……っ」


 三度。ラスベルのガビーンが留まることを知らない。


「だが、大変だったよ。周囲は海で、大陸からも相当離れているからな。小舟が沈めば即死だし」

「よくもまあ、そんな無謀な旅をしましたね。黒海を越えたとしても、そこに東の大陸があるなんて確証もなかったのに」


 ラスベルが呆れる中、ヘーゼンはボソッと口にする。


「確証はあった」

「……え?」

































「かつて、東大陸から渡って来た者と出会っていたからな」

「……っ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る