会談


 数時間後、アウラ秘書官が、総務省の執務室に入ると、ヘーゼン=ハイムは作業の手を止めて席から立ち上がった。


「……」


 その表情からは、何も読み取れない。


「どうするのか決まりましたか?」

「私はな。だが、他はどうするかはこれからだ」

「あなたが決めれば、他は通るでしょう。いや、そのようにしてくれるはずだ」

「……はぁ」


 簡単に言ってくれる。先ほどの会談は、対立派閥であったが故に、さもできるような演技はしたが、無論、エヴィルダース皇子派閥でも色々な者がいる。


 議論開始前に彼らの大半を説得しないといけないのだから、かなり骨が折れる作業だ。


「期待しています。魔杖製作の自由競争化は、帝国が反帝国連合国と渡り合うためには欠かせないピースです」

「……わかっている」


 むしろ、先日行われた会議の場で『よくやった』と手放しで褒め称えてやりたかったくらいだ。紅蓮ぐれんのような魔力蓄積型の魔杖もそうだが、魔杖製作技術において、明らかに反帝国連合国の方が上だ。


 既得権益は内部から崩すのは難しい。


 だからこそ、根っからの破壊者デストロイヤーが必要なのだ。


「だからですか?」


 ヘーゼン=ハイムが尋ねる。


「何がだ?」

「アウラ秘書官……あなたも、なんとか独占を崩したいと考えていた。

「……はぁ」


 やはり、底知れない男だと、ため息をつく。


 あの無能な男が、実務面での能力が皆無な男が、魔杖組合ギルドの現地職人たちと上手くやれるはずがない。


 加えて、ヘーゼン=ハイムのような歩く起爆剤に絡めば、どうなるかなど容易に想像はできた……成果自体はこちらの想像を遥かに凌駕してきたのだが。


「私は、もう少し時間をかける気でいたよ。ヘーゼン=ハイム……君がすべての歯車を早く回したおかげで……いや、対処が急になった」

「……」


 反帝国連合国の急速な技術発展。これがなければ、ヘーゼン=ハイムの手に乗らない選択肢もあった。


 時勢を掴むことが大事だとよく言われるが、この男は強引に時勢を連れてくる。


「私は、これから有能な帝国将官の登用を始め、老害どもを表舞台から引きずり降ろす」


 エヴィルダース皇子は傀儡だ。まずは、政治的な主導権を有能な中堅に担わせ、高みでふんぞり返る名門家の上級貴族たちを引っ込める。


「大変な道かと思いますが、あなたならやるでしょう」

「……」


 そう……何から何まで、すべてが早い。アウラ秘書官が予測し得る10倍以上の速さで、物事が進んでいく。ヘーゼン=ハイムが天空宮殿に出現してから、4年余り。


 だが、少なくとも50年。時代は、早く進んだ。


 そして、だからこそ危険なのだと、アウラ秘書官の本能が告げている。


「君は……今後も同じような形でやるつもりか?」

「もちろん。私は今のやり方しか知らないですからね」

「ならば……帝国は長くは持たないぞ?」

「……」


 デリクテール皇子たちは、無理矢理、帝国の歯車を堰止めようとしている。だが、この男は、異常な力を持って、無理矢理、歯車を回そうとしている。


 結果、どちらも、壊れるのだ。


「アウラ秘書官。必要なのは、破壊と再生です。それこそが、万物を強靭にする」

「だが、破壊された物は、再生された時に同じ物だと言えるか?」

「同じですよ。いや、『同じだ』と言えばいいんです」

「……」


 やはり、この男は帝国出身ではない。


「ヘーゼン=ハイム……君は何者だ?」

「……私は私です。それ以上でもそれ以下でもない。アウラ秘書官には、私がどう映っていますかね?」

「少なくとも人には見えない」

「……」


 悪魔だと言われた方が、まだ、納得がいく。帝国にとって計り知れない利益をもたらし、甘い声で地獄へと導く闇の者。


「あるいは、若い外見のみを保ち続けた老人……いや、それでは君の若々しさに説明がつかない」

「……」


 年齢は、外見だけで図れるものではない。ヘーゼン=ハイムは、若さ故の苛烈さを備えている。それでいて、数百年生きた賢者の老獪さも兼ね備えているのだから、手に負えないのだ。


「もう一度、聞く。魔力蓄積型魔杖の発想を、どこで学んだ?」

「……言ったでしょう? テナ学院ですよ」

「君が天才なのは認めるが、それだけでは説明がつかないな。あまりにも、根底の発想が違いすぎる」

「そうですか? 食国レストラルの研究者たちも、数年もすれば追いつきますよ」

「では、彼らがその着想を得たのは? そこに、君の関与がなかった証拠はない」

「……」


 要するに、気づきなのだ。だが、大陸に住む者には、魔力が人の身に内在するということが当たり前すぎて、魔杖内に魔力を蓄積しようと言う発想まで及ばない。


 いや、気づく者も中にはいただろう。いにしえなることわりの魔杖には、そのような機能を備えるものもあるかもしれない。


 だが、それを着想に繋げ、具現化するほどの者がこの大陸に何人いるか。


 むしろ、ヘーゼン=ハイムから……もたらされたものだと考える方が自然だ。


「アウラ秘書官、それよりも、いい仕事をしましょう。あなたと私の歩む道は同じだ……あくまでも、途中までですが」


 ヘーゼンが笑顔を浮かべて、手を差し出す。


「……」


 その時、不意にある突拍子もない考えが降り立つ。小さな頃に聞いたことがある昔の昔のお伽話。誰もがそれを知っていながら、誰もがそれを信じない話。


 その手を差し出す代わりに。


 アウラ秘書官は目の前の男に尋ねた。


 































「ヘーゼン=ハイム……君は、西の大陸から来たのではないか?」

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