駆け引き
*
アウラ秘書官は、その足ですぐに法務省に向かった。執務室に入ると、リアム皇子、デリクテール皇子がおり、そこには、モルドド秘書官も同席していた。
「お時間頂きありがとうございます」
「魔杖
モルドド秘書官が、早速、話を切り出す。
「……話が早くて助かります」
すでに、承知していると言うことは、エヴィルダース皇子陣営に対し、確かな情報網を張っているということだ。
モルドド秘書官のようなしたたかさを持つ人材は、以前のデリクテール皇子にはなかったものだ。
「我々としては、それに反対する理由はありませんな。ヘーゼン=ハイムは、自らの独占を切り崩すことで、帝国に莫大な利益をもたらそうとしている」
「……そうですか」
モルドド秘書官の言葉に、アウラ秘書官が頷く。『我々』という言葉を使い、リアム皇子もデリクテール皇子も何も言わないのは、しっかりと意思疎通ができているからだろう。
なるほど、優秀な陣営だ。
「ですが、そちらは何かと大変でしょう?」
モルドド秘書官が尋ねる。
「ええ。ですから、派閥外の取りまとめは、あなた方にお願いしたく思ってます」
彼らのような強固な派閥ですら一枚岩ではない。極度の反ヘーゼン=ハイム派もいるだろうし、皇帝派の中に、魔杖
とにかく、取りこぼしはないようにしたい。
「わかりました。それで、あなたの派閥内は、どうなさるおつもりですか?」
「魔杖
「……」
「だが、彼ら個人からしてみれば、決して損なことではないということです」
「……なるほど」
言葉少なめに、モルドド秘書官が頷く。
エヴィルダース皇子派閥の根幹は、超利権を保有する名門貴族たちの集団でまとまっている。派閥としての塊でみれば、超利権を手放すのは痛手でしかない。
だが、名門貴族単体で見れば、魔杖製作の独占は彼らにとって、面白いことではなかったに違いない。
……いや、超利権を手放させることによって、権力の失墜に喜ぶ者すらいるかもしれない。
ボォイ大臣は、気づいていないのだ。運命共同体だと、仲間だと思っている彼らが、いかに薄情で、貪欲で、利己的であるかを。
自己中心的であるが故に、そんなことにも気づけないのだ。
常に狩るポジションにいた者は、いざ狩られる時に、自分ごととして捉えられない。
「あとは、どう体裁のよい理屈をつけるかを相談する。それだけです」
「……なるほど」
公開の議論というのは、多くの場合、茶番になってしまう。なぜなら、公然と自身を晒されながら『負ける』と言うことが、当人にとっての影響力に関係するからだ。
つまり、超利権を手放す大義名分さえ作り出せば……勝者の側に立たせれば、容易に瓦解する。あとは、裏でそれをどう手回しするかだ。
「アウラ秘書官……あなたが反ヘーゼン=ハイムの先導者だと思ってましたが」
「場合によります。他にも敵は多くいる。場合によっては、味方にも協力者にもなり得る。そこは、概ね共通の認識が取れていると思いますがね」
「……わかりました。では、頼みます」
「はい。リアム皇子、デリクテール皇子、お時間頂きありがとうございます」
アウラ秘書官は深々とお辞儀をし、颯爽と執務室を後にする。扉の前には、副官のレイラクが立っていた。
「話はつきましたか」
「ああ……優秀な陣営だ。人材も豊富で羨ましいよ」
「……アウラ秘書官は、あちらの陣営に行くという選択肢はなかったのですか?」
「ないな」
キッパリと答える。
「彼らでは、帝国の受け皿にはなり得ない」
有能で清廉潔白な者で固めるということは、その他の全てを排除するということだ。あまりに透き通った池では、魚は生きることができない。
モルドド秘書官という新たな血を入れはしたが、焼け石に水だ。あそこはあまりにも清浄過ぎる。
「少なくとも、あの方が……デリクテール皇子が皇帝になっていれば、帝国の国力は大きく減退しただろう」
やがて、その清廉さを理解しない貴族たちに、民に粛清を加える。自身の潔白さを理解しない愚かなる者だと、それほどの清らかな狂気を……あの皇子は備えている。
いずれはそうなる。
そして、帝国は失墜する。限りなくドス黒い欲望こそが、帝国の活力の根幹だからだ。他者を貶め、自身が上へと上がっていく。そうした腐敗した貪欲さもまたエネルギーの1つだからだ。
ヘーゼン=ハイムも、帝国の本質に気づいている。
あとは、バランスの問題なのだ。
「モルドド秘書官もそれに気づき、後任のリアム皇子にデリクテール皇子のようにならないよう分断を始めているだろうな」
「……リアム皇子こそが、清濁併せ持つ真の皇帝になり得ると?」
「難しいだろうな。リアム皇子はまだ若い。それに、デリクテール皇子は非常に立派な方だ。近くにあのような方がいれば、憧れずにはいられまい」
若さは自然と理想に走らせる。アレくらいの歳だと、どうしても老人の老獪さが汚いものとして見えてしまう。若い理想家の清廉さが、立派で清らかなものに見えてしまう。
「やがて、モルドド秘書官も排除の対象になるだろう。彼は、どちらかと言うとこちら側の人間だからだ」
その時の受け皿は用意してある。エヴィルダース皇子は、未熟で愚かで残酷で、本当にどうしようもない。だが、どんな汚濁を持つ者でも受け入れる。
……ドス黒く濁った沼だが、汚く醜い生き物が住むにはちょうどいい。
「さて……時間がない。行くぞ」
「はい。次は、どこへ向かいますか?」
「ヘーゼン=ハイムのところだ」
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