エヴィルダース皇子


           *


「はぁ……はぁ……はぁ……はああああああぁ!」


 その頃、エヴィルダース皇子は、一心不乱に魔杖を振るっていた。この数週間、邸宅に籠りきりだったが、やっと、気持ちの切り替えができてきた。


 自分は皇太子たる修練を欠かさずにやってきた。そう……毎日、絶やすことのなかった修練は嘘をつかないのだ。


 そうだ……もっと信じろ。


 自分の努力を。資質を。可能性を……信じろ。


「唸れ! 炎帝ノ剣えんていのつるぎ!」


 エヴィルダース皇子は、最大出力で魔杖を振い、大きな鉄の塊を一瞬にして真っ二つにする。


「はぁ……はぁ……はぁ……ふっ……そうだ。初心に戻ることこそが、大切なのだ」


 思慮深いが故に、思考の沼にハマってしまうことがよくある。自分の悪い癖だ。そう考えると、頭が良すぎるのは考えものだな、とも思う。


「はぁ……はぁ……ふーっ」


 一汗かくと、やはり、気持ちいいものだ。


 イルナスが自分を超える魔力を持っているなど、星読みの誤りだ。錯覚だ。完全不可逆誤認だ。


 自分は魔法の修練を怠ったことはない。常に皇太子として、どう振る舞うのが相応しいか考えて行動してきた。


 自分以外の皇太子など、あり得ない。


 あんなゴミ玩具おもちゃに超えられるなど、あってはならないことだ。


 それを……魔力すらない不能者が……あり得ないことだ。


「ところで、あのゴミ玩具おもちゃは、まだ見つかっていないのか?」


 エヴィルダース皇子は、汗を拭いながら筆頭秘書官のグラッセに尋ねる。


「残念ながら」

「まったく……何をやっているのか」


 目下、帝国最高暗部の犬狢ケバク蛇封ダオフォン古虎ジェガンに捜索をさせているが、一向に手がかりすら掴めない。


 忌々しきへーゼン=ハイムの策略によって、初動の捜査が遅れたのが痛かった。


 だが、同時に焦ることもないかとも思う。今や、大陸中がイルナスの行方を探している。エヴィルダース皇子だけではない。リアム皇子・デリクテール皇子の陣営も、反帝国連合国も、血眼になって探しているだろう。


 実質的な包囲網だ。逃げ場など、どこにもない。


 あの時、ヘーゼン=ハイムのバカが『命をかける』などと大見得の啖呵を切ったおかげだ……いや、むしろ、その行動を自分が引き出したとも言える。


「連帯責任で、自分も自害? あり得る訳がない」


 皇帝レイバースは、任命式の場ではああ言ったが、実際にそれが行われることはないだろう。こちらは息子で、ヘーゼン=ハイムは、単なる一介の帝国将官だ。


 息子を殺す親がいるか、バカが。


「クク……」


 ああ……早く八つ裂きにしたい。いや、その前にあのゴミ玩具おもちゃの前で、自分の婚約者であるマリンフォーゼをガンガンと犯すのだ。


「ククク……ククククククク……ハハハハッ! アハハハハハッ! アハハハハハハハハハッ!」


 そうだ。今から、マリンフォーゼに会いに行こう。婚約者を取られた時の、ゴミ玩具おもちゃの顔と来たらなかった。あの快感が、未だに忘れられない。


 つぶらな瞳。白い肌、甘く高い声。まったく、何から何まで好みの女だ。名門上級貴族の娘なので、めちゃくちゃはできないのが珠に傷だ。


 だが、その時は犯す。


 あのゴミ玩具おもちゃの前だけは、ガンガンとバックで激しく犯してやる。アンアンと喘ぎもがく姿を、首輪と手錠をつけられたイルナスが泣いて叫ぶ光景……それを想像するだけで、興奮した。


「……おい」

「はっ!」


 下半身に煮え沸るもの感じたエヴィルダース皇子は、筆頭秘書官に声をかける。


「2、3人、妓婦を準備しろ」

「……かしこまりました」


 性欲が抑えきれなくなってきた。


 彼女に会う前に、めちゃくちゃに欲求を晴らして行こうと決めた。妓婦は平民出身者なので、どんなに壊してもいいから性欲処理にはちょうどいい。


 自身の邸宅に戻ると、筆頭秘書官のグラッセが立っていた。


「エヴィルダース皇子殿下。アウラ秘書官がいらっしゃってます」

「そうか……会おう」


 最近は、面会謝絶でロクに政務もやれなかった。自分がいないと、何も決められない輩だから本当に困る。


 エヴィルダース皇子は、邸宅に入ってくるアウラ秘書官を満面の笑みで出迎える。


「久しぶりだな。やっと、体調が回復したよ」

「それはよかったです。1つ他派閥との検討にあげたい献策案がございますので、承認頂けますか?」

「ふむ……どのようなものだ?」

「魔杖組合ギルドの解散です」

「……は?」


 エヴィルダース皇子は、思わず聞き返す。


「どういうことだ? あれは、我が派閥のボォイ大臣が保有している重要な利権ではないか」

「現状、魔力蓄積型の魔杖の製作が頓挫し、同時にへーゼン=ハイムが紅蓮ぐれんの供給を停止しました。紅蓮ぐれんの技術を伝授する代わりに、魔杖組合ギルドの解散を要求されております」

「……は? え?」


 話が全然見えない。なんだって、いつの間にそんなことに。


「そんな話、まったく聞いてないぞ!? そもそも、いつの間に魔力蓄積型の魔杖の製作が頓挫したのだ!?」

「それは、ごく最近です。面会謝絶でしたので、報告ができませんでした」

「……っ」


 本当に自分がいないと、何もできない者たちばかりだ。エヴィルダース皇子は苛立ち小刻みに右足を震わせる。


「とにかく、魔杖組合ギルドの解散など論外だ。そんなバカげた提案を、なぜ持ってきた!?」

「ヘーゼン=ハイムが、この提案を却下すれば、『皇帝陛下同席の公開裁判に訴える』と言ってきております」

「……っ」


 んそれはマンズい。


 前回の任命式で、かなり自分の評価を落としてしまった。その上で、あの規格外のバカに下手なことをされたら、たとえイルナスが死んで皇太子に返り咲いたとしても、帝位など容易に譲ってはくれない。


「な、な、なにかいい方法がないのか!?」


 エヴィルダース皇子はアウラ秘書官の肩をガッと掴みながら答える。


「……ヘーゼン=ハイムは、『エヴィルダース皇子の承認が降り、全派閥で検討して否決されるならば、公開裁判には持ち込まない』と言ってます」

「は? なんだ、それは?」


 そんなことは、あまりにもチョロ過ぎる。一旦、議論の俎上にあげて、後は否決に持っていくだけの簡単なゲームだ。


「……ククク。ヤツは、やはり、派閥の論理を理解していないのだな」

「……」


 エヴィルダース皇子は勝ち誇ったように笑う。


「わかった。許可を出そう」

「断っておきますが、私は賛成にまわりますよ」

「……は?」

「魔杖組合ギルドを解散させなければ、今後、帝国の発展は見込めません。派閥の力が削がれるのは痛いですがーー」

「……」


 あー、また始まった、とエヴィルダース皇子は途中から話を聞くのをやめる。非常に優秀な男であることは間違いないが、やや真面目過ぎるのが面倒くさい。


 適当な切れ目で、すかさず、話を割り込む。


「わかったわかった。アウラ秘書官は、好きにするといい。派閥の意見を存分に戦わせてくれ」

「わかりました」

「……ふぅ」


 名君というのも疲れるものだなと思う。派閥の中で意見が割れる時もあるので、その時は、見守ってやらねばならない。


 そんなことより、下半身の沸りが我慢できなくなってきた。


「もういいか?」

「はい。では、失礼します」


 アウラ秘書官は深々とお辞儀をして、邸宅を出ていく。

























「ふぅ……」


 チョロいな、と大きくため息をついた。

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