海聖ザナクレク



 数時間後、別人に変身したヤンは、ラシードにイルナスの護衛を任せて、とある一軒の酒場へとやって来た。そこで、クーデター軍リーダーのイナンナと合流する。


「……」


 他の客が陽気にワイワイと飲んでいる中、彼女はガチガチになりながら、背筋をピンとして座っている。


「そんなに緊張してると呑まれちゃいますよ」

「む、無理を言うな。相手は、あの海聖ザナクレクだぞ?」

「……まあ、そうですけど」


 イナンナの反応の方が普通なのだろう。ヤンは、すでに海聖ザナクレクと戦っているし、四伯のカエサルにも命を狙われたりした。なので、その辺に対する気後れがない。


「それにしても、交渉でも普通の酒場を使うんですね」

「海賊だからな。とにかく、酒がなければ始まらない。先方のリクエストだ」

「……ラシードさんと気が合いそうだなぁ」


 もしくは、酔っ払って喧嘩になってそうだな、と思った。連れてこようかとも考えたが、イルナスの護衛が第一優先であること(あくまで副業)、また、ガバガバと酒を飲まれると、お財布事情に響くので断念した。


 そんな中、海賊たちがゾロゾロと入ってきた。もちろん、海聖ザナクレクもその中にいる。豪快な白髭を生やし、エネルギッシュな老人だ。


 彼は、乱暴に椅子に腰掛けてドンと机に肘をおく。


「よお! 姉ちゃんがアレかい?」

「は、はい! イナンナといいます」

「がっはっは! そうか、じゃあ飲もうや!」


 海聖ザナクレスは豪快に笑い、瓶ごとワインをラッパ飲みする。


「うっわ……ヤバっ」

「うぶっは! くーーーーっ! 略奪の後は、これに限る」

「……」


 清々しい悪党だな、とヤンは密かに思う。生粋の海賊だから、一般船の襲撃なども平気で行っていると聞くが、陽気に言うとあまり悪いことのように聞こえないと、ヤンは変な感想を抱く。


「それで? 俺たちの力を借りたいって?」

「はい。砂国ルビナを主城を落とすのに、力を貸して欲しいんです」

「……まあ、俺の魔法なら軽いわな」

「よっ、お頭!」


 側から軽く囃し立てる声が聞こえてくる。部下からは、慕われているようだ。前の戦いでも、気遣う様子を見せていたので少なくとも、傍若無人なリーダーではないらしい。


「しかし、俺はチョイとばかし有名だから、チョイとばかし値が張るぜ? チョイとばかしな……がっはっはっ!」

「そこは、相談させていただきーー」

「いくらですか?」

「や、ヤルっ!?」


 隣のイナンナがギョッとした様子で、急に会話に入ってきたヤンに驚く。


「ほぉ……オメェは?」

「参謀のヤルと言います」

「ふーん……大金貨一万枚。ビタ一文負けられねえな」

「ちょ……それは……」

「わかりました」

「……っ」


 イナンナが躊躇したような声を上げるが、ヤンは即答で頷く。これには、海聖ザナクレクも面を食らったようで、意外とつぶらな瞳をパチクリする。


「……即決とは剛気だな、お嬢ちゃん」

「五聖の力を大金貨一万枚で借りられるんですよ? 安過ぎる買い物です」

「……ぐわははははははははははっ!」


 少しの沈黙の後。海聖ザナクレクは機嫌が良さそうに大笑いをする。


「嬢ちゃん、わかってるじゃねぇか! 気に入ったぜ」

「じゃ、契約成立ですね」

「……っ……ん」


 隣のイナンナが『お金ないお金ないお金ない』という声が聞こえてきそうな表情かおをする。だが、問題はないと、ヤンは自信を持って頷く。


 多分、ナンダルさんが貸してくれるだろう。


 もちろん、裏の事情も知っている。反帝国連合国との戦後に、五聖の名は翳りを見せ始めている。武聖クロードは、へーゼン=ハイムという新星になす術もなく殺され、海聖ザナクレクは、船団の撤退に追い込まれた。


 そこから、反帝国連合国とも剃りが悪く、ロクな依頼も入っていない様子だ。


 アレだけの大船団を半壊に追い込まれたのだから、損害も大きいに違いない。反帝国連合国にも帝国にも属さない、気前のいい太客ができることは大きなプラスであることは間違いがない。


「ただし、契約内容の詳細は、そちらの参謀と詰めさせてください」

「……」


 そう言ってヤンは、他の海賊と違い、隣で聞き耳を立てながら飲んでいる黒縁メガネの男の方を見る。


「がっはっは! 本当に面白いお嬢ちゃんだな! わかった。ドルクス! 後の細けぇことはお前に任せる」

「……はい」

「……」


 なるほど、一人海賊らしくない男がいると思ったら、やはり参謀だったか。同席させずに、聞き耳を立てさせているところが、海聖ザナクレクの老獪さを表している。


「飲もう飲もう」

「わ、私はお酒がダメなので、お酌します」

「そうか? じゃ、頼む」


 そこからは、ただの宴会になった。当然、酒乱のオンパレードだったが、ラシードで慣れているので、ヤンは動じなかった。


 だが、イナンナは終始恐縮した様子を見せる。


「がっはっは! でな、それで俺はだな……じゃあ、部下に『腕をちょんぎれ』ってな……」

「ザナクレスさん。もう、その話、30回目です」

「うははははははっ! そうかそうか……でな、それで俺はだな……じゃあ、部下に『腕をちょんぎれ』ってな……」

「……」


 でた、酔っ払いの無限ループ。もう、こうなったら朝まで同じ話しかしないだろうなーと、思いながら、ヤンにとっての本題を切り出す。


「あの、ザナクレクさんに聞かせて欲しい話があるんですけど」

「あーん? あんだ?」

「空飛ぶ船団で、大陸全土を巡ったんですよね?」

「がはははははははははっ! おおよ、大陸の果ての果てまでな」
































「では、西の大陸にも行ったんですか?」

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