大陸



 ヘーゼンが自室に戻ると、ラスベルが待っていた。


「どうでした?」

「なんとか献策案を捩じ込めたよ」

「……」


 黒髪の青年は、ソファに座って一息をつく。その仕草はすごく珍しい。純粋な稼働だけで常人の10倍働くので、本来ならば即過労死していてもおかしくはないのだが。


「反応はどうでした?」

「まあ、想定内だ。大臣、副大臣のほとんどは反発。アウラ秘書官は……よくわからないな」

すーでも読めませんか」

「主導権は彼にある。彼の心は彼にしかわからないからな」

「……」


 時々、めちゃくちゃ心読んで来るんですけど、とラスベルは心の中で思う。


「しかし……怒ったでしょうね、ボォイ大臣は」


 ヅラの下りも含め、事前に内容は聞かされていた。ダーディな手をラスベルは、好まない。と言うか、『ただの悪口』を戦術に取り入れるなんて、どうかしている。


 だが、ヘーゼンはこともなげに答える。


「僕も人の外見をどうこう言うのは、不本意なのだがね。彼の情緒を狂わせる必要があったから、仕方なかった」

「……仕方が……なかった?」


 常時煽り散らかす異常者サイコパスが、いったい、何を言っているのか。


 ん何を言っているんだ、この男は。


「ラスベル、覚えておきなさい。人は、自らが気にしていることを指摘されるのが一番腹が立つのだ。だから、徹底的にそこを抉りなさい」

「……っ」


 『だから、そこに触れるのはやめなさい』みたいに言ってきた。絶対になってはいけない大人……真逆聖人君子……ただの上位悪魔……ラスベルの脳内にさまざまな連想がされる。


 堂々と人の尊厳を踏み躙る英才教育を施してくるイカれすー


「でも……あのエヴィルダース皇子が、すんなりと通しますかね?」

「餌は撒いた。献策案を通さなかったら公開裁判で、皇帝陛下に叱責される。消去法で、彼は献策案を通すだろうさ。ここまでは、簡単だが落とせない」

「……」


 選択しうる2択をつきつけ、敢えて穴を見せ潜ったところを突く。


 ボォイ大臣も、エヴィルダース皇子も所詮は手のひらに踊らされているだけだ。それは、あまりにも滑稽だが、それしかないと思わせるのが見事だ。


「アウラ秘書官に、その発言を引き出させたんですか?」

「いや。彼が言い出さなかったら自分で言うつもりだった。あくまで、自発的に言ったのだ」

「……」


 それでも、ヘーゼンは断定をしない。


「後者は、前者を通すための捨て案だ。アウラ秘書官もそれがわかっていた。だが、最終的に否決するかどうか、それは彼の考え方次第になるな」

「……他の派閥はどう動きますかね?」

「それも、アウラ秘書官次第だろうな。手練手管で、人をまとめるのが上手い方だ。彼なら、どちらの方向性でも舵を切れる」

「敵なのに、味方のように言うのですね」

「優秀な敵は、無能な味方よりも遥かに信用ができる。だが、彼のアイデンティティの根幹は誰にもわからない」

「……」


 アウラ秘書官はヘーゼンを完全に敵視している。第2派閥のリアム皇子、デリクテール皇子陣営もそうだ。ボォイ大臣が描いているであろう、反ヘーゼン=ハイム一色にまとめあげることも、彼ならばできるだろう。


「もし、アウラ秘書官が否決の方向に舵を切ったら?」

「そうしないように、やれることはやるつもりだ」

「それでも、否決になったら?」

「それはそれで仕方ないさ。防衛策を実行する。ただ、それだけだ」

「……」


 ヘーゼン=ハイムという人間。いや、最近では人であるかすらも、わからなくなってきた。思考速度が圧倒的に違う訳じゃない。仕事の速度も超人離れしているが、ヤンと大きく違いはないように思える。


 圧倒的に違うのは経験……そして考え方だ。


 それは、閃きなどという曖昧なものではあり得ない。いや、むしろ熟練した魔法使いが持つ経験則から導き出すような思考回路だ。


 20代の若者に不足した経験則。


 その10倍以上の重みと深み……そして、まったく異次元の発想への転換力。どうしても、そこがラスベルは超えられないのだ。


「……」

「どうした?」


 ヘーゼンが尋ねる。


「あ……」

「……」

「……いえ」


 言いかけて、ラスベルはその言葉を飲み込んだ。『勝てない』と言えば、自分の中で何かが崩れてしまうような気がした。


 ラスベルの夢は、大陸一の魔法使いになること。目の前に、その具体的な目標があるのに……今は、どうやってその夢を描いていたのかわからなくなった。


 それでも、ラスベルは、自分を取り繕うように、やっとのことで言葉を続ける。


すー……あなたは、いったい、何者なんですか?」

「……」


 いつもの回答が返ってくるかと思った。『僕のことを知ろうとしない方がいい』と……いつも、ヘーゼンは、それだけを答えた。


 だが。


「……ラスベルには、伝えておこうか」

「えっ?」


 その日は違った。


「このことは、ヤンにも言ってない。まあ、あの子はカンがいいから、薄々は感じてはいるだろうが」


 そう前置きをして。


 ヘーゼンは淡々と言葉を続ける。





































「僕は、西側の大陸から来たんだ」

「……っ」

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