魔杖組合


 ボォイ大臣は、愕然とした。


 魔杖組合ギルド解散……ナニヲ……ナニヲコノオトコハイイダスノダロウカ? まったくと言っててほど、理解ができない。


 だが。


「……理由を聞こうか」


 そこに、一人。そんなイカれた提案に、唯一身を乗り出して聞く者がいた。


 アウラ秘書官である。


「しょ、正気ですか!?」


 ボォィ大臣は、拳に机を叩きつけて叫ぶ。いけない。この場は、断固として支配させてはならない。魔杖組合ギルドは、代々、超名門ママレド家が引き継いできた超利権だ。


 これによって、ママレド家が繁栄の一途を辿ってきたのだ。これを失えば……帝国における莫大な利益と発言権を失うことになる。


 そんな中、ヘーゼンは淡々と説明をする。


「皆様、知っておられると思いますが、元々、魔杖組合ギルドの成り立ちは、他国に対して有利であった帝国の技術を盗まれないためのものです」

「そ、そんなことは! お前に言われなくともわかっている! 我が帝国の根幹技術を他国に渡さないようにして、繁栄をしてきたのだ!」

「では、もうすでに無用の長物であることもおわかりでしょう?」

「なっ……」

「前の戦いで、反帝国連合国の魔杖技術は、帝国のそれよりも遥かに優れていることが証明されました。そして、今や魔力蓄積技術においても先を越されて、差は開く一方です」

「そ、そんなことはない! 我が帝国には優秀な魔杖工が山ほどいる」

「いませんよ」

「……っ」


 へーゼン=ハイムはキッパリと断言する。


「確かに、職人気質カタギの腕のいい者は一定程度いるでしょう。ですが、昨今は、機能性よりも洗練した美しさなどを求める無能上級貴族の依頼が後を絶たない。いつしか、外見がわを重視して、内面なかみ独創性オリジナリティもない魔杖が跋扈するようになってしまった」

「くっ……このぉ」


 ボォイ大臣は、気が狂いそうだった。なんだ、それは? まるで、自分たち上級貴族たちが無能だと言っているのか? 平民出身の下賎な男が。生まれながらにして超高貴な我々を。


 だが、そんな怒りなど気にする素振りもなく、ヘーゼン=ハイムは淡々と話を続ける。


「帝国最前線の魔法使いに高齢の者が多いのは、魔杖の質が以前に比べて大きく劣化しているからです。だから、若き芽が育たずに死んでいく」

「ぐっ……そんなことはない!」

「統計を見れば、一目瞭然なので別途ご提出します。原因の分析も深掘りしてますので、その点も鑑みて考慮頂ければと思います」

「……っ」

「加えて、魔杖の種類も反帝国連合国の方が多様性バラエティ豊かだ。より独自性の強いものも多い。だから、ことごとく競り負けるのです」

「ふざけるな! そんなことはない! 我が帝国の魔杖技術が反帝国連合国に劣るなどーー」

「根拠は?」

「……っ」

「ないのでしたら、私の資料を確認ください」

「そ、そんなふざけた資料など見る価値はーー」

「……仮に魔杖組合ギルドを解散させたとして、どうする?」

「あ、アウラ秘書官!?」


 こ、この男……まさか……


「一聞の価値はあるでしょう。ちょうど私も昨今の魔杖工のレベルの低さは問題だと思ってました」

「……っ」


 後ろから躊躇なく刺してきた。


 この男……私の利権を……


「それに、どこから得てきたか知らないが、この男は、超一流の魔杖工……いや、それ以上の腕を持っていますからね」

「言っている意味がよくわかりませんね、テナ学院で習っただけの技術ですよ」


 へーゼンは、こともなげに言ってのける。


「学生生活の下積みだけで、超一流を越える魔杖製作の技術を身につけ、果ては大陸を揺るがすほどの革新的技術を編み出したというのか?」

「試行錯誤とデータの積み上げの結果です。あいにく、学生生活では山ほど時間がありましたので、大半を魔杖製作に打ち込んだだけのことです」

「にわかには信じられないな?」

「革新的な技術というのは、視点を少し変えてやるだけで、手が届くようなものが多い。そこに辿り着くまで、どれだけ深く物事を考え、実践し、肌で感覚を掴むかだけのことです」

「……まあ、そういうことにしておこうか。凡人の私にしてみたら理解はできないが、本物の天才にしてみたら、案外そのようなものかもしれないしな」

「「「「「「……」」」」」」


 流れるような会話の応酬を大臣、副大臣たちは黙って聞き入る。


「すまない、脱線したな」

「いえ、『ヅラがどうの』というどうでもよい世間話よりは、関連性があり建設的と思います」

「……ふぐっ」


 黒髪の青年は、すかさず、不毛な話を織り込む。


「……それで、ヘーゼン=ハイム。君は魔杖組合ギルドを解散させてどうする?」

「一極集中を中止し、帝国中に魔杖工房を建設します。地方でも、展開すれば戦場おける供給の物流問題も解決する」

「そ、そんな量の宝珠が供給できるとでも……」

「クミン族から輸入します。彼らはノクタール国のみに輸出してますが、戦線が膠着しているので余剰気味です」

「はん……のっ……」


 ことごとく。ボォィ大臣の反論を、ヘーゼン=ハイムが封じていく。


「当然、反発は喰らうぞ?」


 アウラ秘書官の質問に、ヘーゼンはこともなげに答える。


「反発するなら、全員、その場でクビを切りましょう」

「……正気か?」


 現在、帝国の魔杖を一手に担っている。その事実は、目を背けられない現実として重く重くのしかかる。


「短期的に見れば、痛手かもしれません。ですが、我がテナ学院には、私のノウハウを引き継いだ優秀な魔杖工志望者が山ほどいる。中には、天才と呼ばれる者も数人」

「……っ」


 テナ学院は、『平民の貴賤は問わない』という珍しい学校だ。だが、魔杖工志望者の割合は、他の民間教育機関が圧倒的多数を占めているのが現状だ。


 だが……昨年のテナ学院における平民の割合は、例年の10倍に膨れ上がった。恐らく……いや、ほぼ間違いなく魔杖工の育成に取り掛かっていたのだ。


「……」


 ヘーゼン=ハイムが学長代理になったことは知っていたが、裏で魔杖工の育成も行っていたなんて。


「き、き、貴様っ! 魔杖組合ギルドを潰し、自分の手駒にすげ替えようと言うのか!?」


 ボォィ大臣が唾を撒き散らしながら叫ぶが、ヘーゼンの表情は平然としている。


「ゲスの勘繰りをしないで頂きたいですな。契約魔法を結んでもいいですが、あくまで取り引きに干渉や特権を享受することはありません」

「……っ」


 げ、ゲスだとこの野郎。


「しかし、魔杖工は、唯一の彼らの夢であるとも言っていい。それすらも、平民から奪うのは心苦しいな」


 アウラ秘書官が、渋い表情を浮かべる。


「……」


 そう。魔杖工は、多くの平民たちにとって夢だ。優秀で腕があれば、上級貴族たちにも、モノを言うことができる。独占を解除するということが、彼らの相対的な地位を下げることに繋がる。


 この独占的な地位を取り上げることは、当然、既存の魔杖工たちの猛反発を喰らうだろう。


 すなわち、全面戦争になる。


 だが。


 ヘーゼンはキッパリと答える。


「平民だろうが、特権を与えられればそれに甘んじる。魔杖組合ギルドは、それに甘んじ、増長し、その地位に満足するだけの存在と成り果てた」































「要らないんですよ、挑戦する気概のないヤツらは」

「……っ」

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