汗
*
気づいたのは、20代後半だった。いや、薄々気づいていた。自分の髪質が細く、汗をかくと地肌が露出する。毛量が少ないことも、なんとなく自覚していた。
だが、どうにも誤魔化しが効かなくなっていた。
長期の休暇の後、ウィッグ(ヅラのこと)をつけて、魔法でガッチガチに固めて、ガッチガチに緊張しながら出勤した。
「お、おはよう」
若きボォィ=ママレドは、固い表情を浮かべて、同じ部署の部下に挨拶した。
「おはようございます」
「……」
「どうかされましたか?」
「い、いや。なんでもない……ふぅ、今日もいい天気だな」
金髪サラサラヘアを手の甲でサラッとしながら、安堵したような表情で思う。
よかった……案外、バレないもんだな、と。
*
「なっ……なんなん……なんなんなんなん……」
ボォイ大臣の中で、疑問符が止まらない。
なんだ、こいつは。
だが、そんな狼狽を気にする素振りもなく、ヘーゼン=ハイムは、無表情で答えを迫る。
「さあ、どうします? ヅラと認めますか? あるいは、認めないか」
「く、く、くだらない! そんなどうでもいいことには付き合っていられない」
「わかりました。では、認めるんですね?」
!?
「く、く、くだらないことには、付き合えないと言っているんだ!?」
「では、私は『あなたがヅラだ』と認識しますから。それで、いいですね?」
「くっ……」
ジワっと目に涙が溜まってきた。なんという容赦のなさ。こっちが必死に有耶無耶にしようとしているのに、一向に退く様子を見せない。
コイツ……殺す。
絶対に、殺し尽くす。
「……」
「……っ」
その時、リィゼン長官が、勝ち誇った様子でニヤニヤとコチラを見ていることに気づいた。『なんだ、あなた、ヅラだったのですね」と毛量フサフサの前髪の塊を垂らしている。
「はっ……ん……こっ……くっ」
んの野郎っ。
気に入らなかった。コイツのこの自己主張の激しい前髪の塊は、前から気に入らなかった。この会議が終わったら、絶対に破滅させてやる。
「はぁ……そろそろ、本題に戻りたいのだがいいかな?」
アウラ秘書官が、深く深くため息をついて尋ねる。
「はい。私は、『ボォイ大臣はヅラである』と命を賭けて断定しましたが、『逃げた』という認識をしましたから」
「んこの野郎ううううううううううっ! ん誰がそんな認識を認めると言ったーーーーーーーーーー!?」
「では、命賭けますか?」
「ん……らぁ……こぉ……すてぇ……」
すぐ、すぐ命賭けてくる。すぐに、命賭けてくるじゃん。
「……そこは、後で2人で話し合ってもらうとして、本題に行くのはどうだろうか?」
「「「「「……」」」」」
アウラ秘書官の言葉に、出席者は表面上同意する。確かに、どうでもいい。至極どうでもよすぎる話ではあるのだが。
だけど、気になる。
「わかりました。でしたら、皆様。これだけは覚えておいてください。私は、自らの見識に自信を持ってます。今、現在、この時においてボォイ大臣は完全にヅラであります」
「はぁ……んん……こっ……くぅ……」
殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。
「では、世間話はこれぐらいにして」
「ふんぐぅ……」
ん世間話。
これだけの醜態話を持ち込んでおいて、世間話。いや、こんなイかれた世間話があるか、いや、ない。
「本題に行きましょうか」
「はぁ……頼む」
アウラ秘書官は、ますます深いため息をついて話を進める。
「話を戻しますと、リィゼン長官のせいで、魔力蓄積型魔杖の分野において、反帝国連合国に大きく出遅れようとしています」
「コイツの無能なせいもあるが、お前もだろ! お前が、自分勝手に
ボォイ大臣が、強目な口調で口を挟むが、ヘーゼンは手に持っていた羊皮紙の束を掲げる。
「これは、リィゼン長官が、否決した献策案です。魔杖
「……リィゼン長官、本当ですか?」
「ひっ……あっ……んの……」
アウラ秘書官の質問に、リィゼン長官は、前髪の塊をガクッと降ろしながら、オドオドしながら、口に泡を吹き出しながら、何も答えない。
「はぁ……もう、結構。そのような帝国に大きく影響を有する判断を独断でされては困りますね。献策案など読まなくても、今の言葉だけでも破格の利益を帝国にもたらす」
「ひっ……しょ……まぁ……しぇ……」
「弁解も結構です。いや、もう、あなたは、この場にいなくてもいいくらいだ」
アウラ秘書官の声は、どこまでも冷たく響いた。
「ちなみに、皇帝陛下ご出席の公開裁判ならいつでも応じますよ」
一方で、ヘーゼン=ハイムは淡々と話を続ける。
「き、貴様のような一介の帝国将官にそんな対応求めるなど不敬甚だしいぞ!?」
ボォイ大臣は、唾を撒き散らしながら叫ぶ。
「私は、帝国将官であると同時に、対帝国に
「……ん……っぐ」
金髪サラサラヘアは、ベッタリと、どこか不自然に湿ってきた。
「よほどのバカでもない限り、この提案が帝国に破格の利益を持たらすことは明白です。同時に、この提案が通らないならば、私が帝国将官として、今後、どのような建設的な献策案を書いたところで、通る訳がない」
「……それで、
「それは、私の権利ですからね。それに甘んじて帝国の発展を遅らせることなど、あってはならない……皇帝陛下も、わかってくださると思いますよ」
「……だろうな」
アウラ秘書官は、静かに答える。
「それで? 今日、ここに来たのは、
「いえ」
へーゼンは、首を横に振る。
「では、何を言いにきた?」
「新しい献策案を持ってきました」
「……概要を聞こうか」
「魔杖
「……っ」
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