ズレ



           *


「……」


 人事省を管轄する大臣のボォイ=ママレドは、金髪ヘアを指でサラッとたなびかせる。


 へーゼン=ハイム……このタイミングで、何をしに来たのか。リィゼン長官を堕としたので、紅蓮ぐれんの供給を再開する代わりに、地位の回復させる。まあ、予想されるのは、どんなところだろう。


「……」


 もちろん、『紅蓮ぐれんの供給停止』は帝国にとって死活問題だ。反帝国連合国もこぞって開発に乗り出す中で、研究もストップしてしまうのは大いに痛手だ。


 と、こんな風に思うだろうな……平民風情レベルならば。


 ボォィ大臣は、心の中でニヤッと勝ち誇ったように、ほくそ笑む。


 そんな中、アウラ秘書官が全員に向かって問いかける。


「入れてもいいでしょうか? 恐らく、彼がいた方が話は前に進みます」

「いいんじゃないですかな? ねえ、リィゼン長官?」


 ボォイ大臣は、ニコッと口角をあげて尋ねる。


「ひっ……ひっ……いひぃ……」

「はぁ……本当に情けないな、君は」


 クズが……完全にぶっ壊されている。平民育ちの成り上がり帝国将官風情に、我々、純血の上級貴族が。まったく、嘆かわしいことだ。


「……入りなさい」

「はい。失礼します」


 へーゼンは端的に返事をし、部屋へと足を踏み入れた。恐らく、平民出身では初めてではないだろうか。


 ボォイ大臣は、金髪の前髪をサラッと手の甲でたなびかせながら、その場にいた執事に向かって口にする。


「おい、後で消毒はしておいてくれよ」

「しょ……消毒ですか?」

「だって、彼は……平民出身だろ?」


 そう言うと、周囲からクスクスと嘲笑が漏れる。


「ボォイ大臣」

「ククク……すいませんね。冗談ジョークですよ、冗談ジョーク

「……」


 アウラ秘書官が渋い表情かおを浮かべると、金髪の老人はおどけた表情で、プラプラと手を振る。


「さて、雑談はこれくらいにして、話をしようか。このリィゼン長官が本当に使えなくてね。なんとか君に紅蓮ぐれん供給の許可を取り付けたいと思ってね」

「……」

「……と、言うとでも思った?」


 ボォィ大臣は、金髪の髪をクルクルと指で巻きながら尋ねる。


「恐らく、『紅蓮ぐれんの供給』が君にとっての切り札になっているようだが、アテが外れたね。我々には、そんなものは必要ない」

「……」

「ボォィ大臣。前線の兵たちが多く死ぬことになりますぞ」


 商工省を管轄する大臣のバチェ=ラーが、渋い表情口を挟む。だが、金髪の老人は、動じずに答える。


「死なせればいいでしょう? 所詮は雑魚の兵卒だ」

「「「「「……」」」」」


 他の大臣、副大臣たちも、特に口は挟まない。アウラ秘書官は依然として冷静な表情かおを浮かべている。まあ、様子見と言ったところか。


「確かに、紅蓮ぐれんを開発しようとすれば、ここにいるゴミのせいで、十数年はかかるだろうな? 大変だとは思う。下手をすれば、何十万人の平民の兵卒が死ぬだろうな……?」

「……」


 別にそれで構わない。反帝国連合国に一時的に押されたからと言って、それは自分たちのせいじゃない。


 紅蓮ぐれんを供給しない、ヘーゼン=ハイムのせいだ。


「我々は君と交渉などはしないよ? 君は、ずーっと、そのまま、下級内政官のまんま。うだつの上がらない、その部署で、ずーっと、一生過ごしていくの……さ」


 ボォィ大臣は立ち上がって、ヘーゼンに近づきながら話す。この男は、優れた魔法使いで、頭もキレるし、度胸もある。


 だが……所詮は平民の域を出ていない。貴族というものの、本質を理解していない。


「要するに、我々のもとに反帝国連合国軍の刃が来なければいいのだ」


 脅迫者テロリストと交渉はしない。その理屈で行けば、この場などいくらでもまとめられる。


 帝国の利益? 知ったことではない。そんなことを本気で考えているのは、アウラ秘書官あのカッコつけとごく数名の少数派だけで、他の大臣たちは全員、そんな風に思っているはずだ。


 むしろ、帝国がどれだけ荒廃しても、自分たちの仕事で結果めいたものを残せればいい。バチェ大臣も、自身の管轄する仕事が滞っているから、苦言を言っているだけで、大きな問題だとは思ってはいない。

 

 所詮はアウラ秘書官など、功に必死なヤツらが騒いでいるだけのことだ。


「さて……これで、君の切り札は消滅した訳だが、他に話は?」

「……」

「ククク……まさか、魔力蓄積機能の件だけで、この場に勇んで来た訳ではあるまいね?」

「……っ」


 そう尋ねると、へーゼンは、ボォィ大臣と他の大臣たちを交互に見て、少し怪訝めいた表情を浮かべる。


「ああ……気付いたかと思うが、バルマンテ皇子派閥の面々がいないのはわかったかな?」

「……」


 へーゼンは何も言わない。平然と装ってはいるが、どこかソワソワしたようにも見える。


「ククク……彼らはね。すでに地方に異動したよ。弱小派閥の者には、大臣、副大臣などという重責は任せられないからね」

「……っ」


 その時、ヘーゼンは初めて驚いたような表情を浮かべた。一方で、ボォィ大臣は勝ち誇ったような表情で微笑む。


「なんだい? もしかして、彼らが中央でそのまま要職についているとでも思ったのかな?」

「……ぁ」

「もちろん、君も同じ運命になる。しがない下級内政官で、生涯、ずーっと、飼い殺しだ」

「あの……少し、お話ししませんか」


 へーゼンは小さな声で、ボォイ大臣に囁く。


「ん? なんだい?」

「その……内密に申し上げたいことがありまして」

「……ククク」


 やっと、身の程を知ったのか。所詮は、帝国の大臣、副大臣というのは、超権力者の集まりなのだ。


「可能ならば、別の部屋へ……」

「いや、このまま話したまえ。私は、君に何の隠しごともないからね」


 すべての証拠は完全に隠滅した。それを、盾に脅そうとしても無駄だ。


「本当に……いいのですか?」


 ヘーゼン=ハイムが恐る恐る尋ねてくる。さも、こちらがヤバそうな声色で。ボォィ大臣はニヤッと笑みを浮かべる。


「ククク……そうか、それが君のやり方なんだね?」


 要するに、ハッタリか。それで、こちらの動揺を誘い込み、罠に嵌める。だが、要するに相手が悪い。


 私は、あのクズリィゼンのような下手は打たない。


 ボォイ大臣は、サラサラ金髪ヘアの前髪をフワッとたなびかせながら尋ねる。


「ほら、言ってみたらどうだい? 私の弱みが何かあるなら。ここで、公然と言ってみてはどうかね?」

「いえ……弱みというか……その……」

「ハッキリと言いなさい。何もないのだろう?」

「……わかりました。ではーー」




























「ヅラ……ズレてますよ?」

「……っ」


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