フォーブス=バッカス
*
翌日の早朝、総務省次官のフォーブス=バッカスは、リィゼン長官の部屋を訪れた。
昨日は、幸運なことに振り回されないで済んだので快適な一日だった。だが、朝の会議にも来ないのは、流石に不審だ。
トントントン。
「リィゼン長官、いらっしゃいますか?」
「は、早く入れ!」
声がカラッカラに枯れていて、とても本人の声とは思えないが、とりあえず入る。
「……っ」
何があったのか。なぜか、身体がビィーンと硬直したまま、前髪の塊が突き刺さっていているリィゼン長官。
「あ、あの……何をされてるんですか?」
「好きでこんな体勢でいると思うか!? へーゼン=ハイムの仕業だ! 早く降ろせ!」
「は、はい」
フォーブス次官は、すぐさま、魔医を呼び出し魔法の解除をさせる。なかなか、前髪の塊が突き刺さったまま取れなかったが、時間をかけてなんとか取ることに成功した。
「……っ」
「どうした?」
「い、いえ」
額に『バカ』って書かれてて、猛烈に笑える。目の前の男の愚かさを。如実に表現している。
「あの男……絶対に許さない! すぐに、帝国将官をクビにしてやる!」
「では、すぐに手続きさせます」
どんなやり取りがあったのかは知らないが、こんなことは許されない。やっと、へーゼン=ハイムから解放される。フォーブス次官は、安堵の表情を浮かべて部屋を後にする。
もちろん、ヘーゼン=ハイムを相手にするのだから、楽ではないだろう。だが、別にそんなことはどうでもいいことだった。
あとは、他の上級内政官にヤツのクビを処理させればいい。
「本当に無能だな……リィゼン長官も」
あの男は、自己主張が激しすぎて、自分から率先して動きすぎる。仕事など、部下に全部やらせればいい。上官にも直接部下に報告させればいい。自分は、その傍らにいて助言をしてやればいいだけだ。
それが、上位職のあるべき姿だろう。
自分のような立ち回りができる者が、なんで、こうも少ないのか。自分がやれば、部下の成長にも繋がらないし、何より責任を負わなくてはいけないのに。自分たち上位者はあくまでマネージャーでプレイヤーじゃないのだ。
ああ……本当に無能ばっかり。
そんなことを考えながら、フォーブス次官は執務室に入る。
「ああ、ラグレス上級内政官。君に頼みたいことがあるんだ」
「……お断ります」
「は?」
即断の答えに、一瞬、頭に血が昇りかける。だが、こんなことで怒っていては、上位階級は務まらない。気を落ち着かせてニコッと笑顔で尋ねる。
「どういうことかね?」
「申し訳ありません、今、緊急業務が立て込んでいて忙しくて」
「こちらも緊急なんだかね。それでも、私の依頼を断るということでいいんだよね?」
「はい」
「……わかった」
フォーブス次官は、心の中で舌打ちをしながら他の部屋へと向かう。
「……あれは、ダメだな」
使えない。上官の言うことは、基本的には絶対だ。だから、『自分でやる』か『下にやらせる』しかない。上位職ともなると、『下にやらせる』ことが能力だ。それなのに、自分でやれないからと言って断るのは、下の下の対応だ。
まあ、いい。代わりは他にいくらでもいる。
フォーブス次官は、別の上級内政官がいる部屋に入る。
「ロイキ上級内政官。折り入って頼みがあるのだが」
「申し訳ありませんが、今は他の業務で手が離せなくて」
「君だからこそ、頼んでいるのだ。君だからこそ……この意味が……わかるかい?」
ニヤリと意味深な微笑みを浮かべる。こうやって、出世をチラつかせて、おだてて『はい』と言わせればいいんだから簡単なものだ。そうすれば、あとは隣にいて助言をしてやればいいんだから。
問題があったとしても、そいつに全部解決させればいいんだから。
「君には本当に期待しているんだ。リィゼン長官も、『ぜひ君に』と言っていてね。もちろん、あの通り難儀な方だから、その辺は私が随時フォローする。安心してくれ」
「せっかくのお話ですが、本当に無理で……」
「……いいのかい? これは、君にとってチャンスだと思うだ。確かに、簡単な仕事とは思わないが、私は君ならできると思ってのだがね」
「申し訳ないですが、私も部下の負荷も限界で」
「……わかった。もう、君に何かを頼むことはないが、それでいいと言うことだね?」
「はい」
「……」
フォーブス次官は、黙って部屋を後にした。どいつもコイツも使えない無能ばかりだ。何も自分でやるのではなく人にやらせればいいのに、なんでそんなことすらもできないのか。
「チッ……時間か。うるさいからな、あの男は」
一旦、報告に戻る。あまり時間を開け過ぎると、ガミガミと怒鳴ってくるパワハラ男だから注意が必要だ。
部屋に入ると、リィゼン長官は前髪で額をガッツリと隠していた。この髪型で前が見えるかどうか、甚だ疑問だが、ツッコむことなど到底できない。
「遅い! 何をしていた!?」
「い、いや……申し訳ありません。なかなか、他の者が手が空いていないようで」
「あ? なら、お前がやればいいだろう」
「……そ、そうですね。わかりました」
フォーブス次官は、苦笑いしながら他の上級内政官の顔を思い浮かべる。どいつにやらせるか……都合のいいヤツは誰か……
「それよりも! 魔力蓄積機能解析チームの進捗状況の報告をしろ! 数日中に完璧なデータに改竄させなければいけないのだから、死んでもやれ!」
「は、はい! もちろん、やらせます」
「あ? なに言ってるんだ、お前?」
「すぐに、リーダーのジャーリ=バォズにやらせます。任せておいてください」
胸をドンと叩いて自信を持って答える。
自分でやるということは、自分で責任を取らないといけないということだ。それは、失敗の責任を取らないといけないということだ。
下にやらせればいい。
下にーー
「あ? ヤツは『自分では対処しきれないので、全部、フォーブス次官にお願いした』という書き置きを置いてったぞ?」
「……っ」
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