契約


 嘘……


 リィゼン長官は、ポカンとした。言っている意味が、理解できない。


 嘘……嘘……嘘……


「えっと、へーゼン=ハイム……様」


 オズオズとリィゼン長官が尋ねる。


「はい、なんでしょうか?」

「私、ちょっと言っている意味がわからないんですが?」

「なんで?」


 !?


「なんでって……えっ?」

「なんでわからないの? 『嘘』っていう単語の意味は、さすがに君でもわかるよね? それが、わからないと、そこからの説明になるのだけど」

「……っ」


 赤ちゃん扱い。


 何を言っているんだクソが。そんな訳ないだろう。お前の質問がわかりにく過ぎるから。お前の質問が意味不明過ぎるから聞いてやってるだけで、お前のような低脳の言っていることがキ○ガイ過ぎるから……


「……ふぅ……はぁ」


 リィゼン長官は、気を落ち着かせようとして、深く深く呼吸をしながらニコッと完全に笑ってない作り笑顔を浮かべる。


「そ、そうじゃなくて、『嘘』というのが、何を指して、どこまでの範囲なのかがわからないんです」

「全部だよ」

「……ぜん……ぶ?」


 言っている意味がわからない。なんの全部? コイツは、生粋のバカだから、理解するのにどうにも時間がかかる。


 だが、なんとか理解を示さないと。


「『約束を守る』というのが嘘ってことですか?」

「うん」

「ということは助けてくれないってことですか?」

「そう」

「ってことは……破滅ってことですかね!?」

「正解」

「……っ」


 う、うそぉん。


 な、なんたること。リィゼン長官は、頭がクラクラした。土下座させられ、土下串刺どげくしさされ、爪を剥ぎ取られ、額クパァとされ、果ては睾丸を完全破壊された。


 その上、その上で……嘘……うそぉん。


「全部嘘だったのですか?」

「うん」

「……全部茶番だったんですか?」

「そうだよ」

「……私を弄び、騙したと言うことですか?」

「しつこいな。そうだって」

「……っ」


 なんたる言い草。


 嘘。


 うそぉん。


「あっ……ああああ……ああああああああああ! ああああああああああああああああああああ! ああああああああああああああああああああああああああああああん!」

「なに、泣いてるんだ気持ちが悪い」

「……っ」


 ぶち殺す。


「いや、普通わかるだろ。なんで、僕が君に慈悲なんて施さないといけないんだ、面倒臭い」

「……っ」


 バチクソ。


 バチクソな異常者サイコパス


「まあ、僕は君がわからないことが、わかってたけどね」


 ヘーゼンは、その漆黒の瞳で勝ち誇ったような笑顔を浮かべて、話を続ける。


「君がわからないのは、君がバカだから。それ以外に、ないじゃない」

「くっ……ころっ……」

「ん? 何か言った?」

「……い、いえへぇ」


 土下刺さりのリィゼン長官は、逆さまの状態で返事をする。もう、心をバキバキに折られて、どうやったって、逆らうことなんてできない。


「多分、あれだな。君みたいなバカは、自分が常に自覚していないと、僕はダメだと思うんだよ」


 ギュンゴリギリゴリゴリゴリゴリ……


「うんぎょあええええええええええ! あひぃにょおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 へーゼンは、リィゼン長官の前髪の塊の下にある広めの額に、小形突起のような魔杖で掘り始める。


「あんぐろぉあああああっ! あんぎょあええええええええええ! あひぃにょおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 しばらく、リィゼン長官の断末魔の叫びは続くが、全く気にしない。まるで、無邪気な子どもがお絵描きをするかのように、夢中で文字を貼り続ける。


 そして。


「できた。できましたよー」

「あっ……ひいいいっ……ひいいいいいっ」


 猛烈な痛みを、過度な深呼吸で誤魔化そうとするが、燃えるような、ひりつくような痛みが、額からまったく消えてくれない。


 だが、そんなことを全く気にする様子もなく、へーゼンは机に移動してリィゼン長官が手鏡を見せる。


 毎日、髪型を整えるために2時間見続けている、その手鏡を。


「読めますか? あなたのようなバカは理解できないかもしれないですけど、鏡だから、逆になってますよー」

「……はっ……えっ……」


 おい、嘘だろ……嘘だろ……


 額に『バカ』と刻印が書かれていた。


「忘れないように、念の為、一生消えない魔法もかけておきました」

「くっ……あああああああええええええあああああああえええええええええええっあああああああえええええええええええっえええええっ!?」


 リアキチ。


 リアルキ◯ガイ異常者サイコやろう


「なんでええええぇ!? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんでーー」

「うるさいな」

「えっ……んごぼええええ?」


 へーゼンは、靴の先をグイグイとリィゼン長官の口元に押しつける。


「なんで? なんで、僕がお前を助けなくちゃいけないんだ?」

「もがあああああああっ! んごもらああああああああっす!?」

「なんで? なんで約束が守られると思った?」

「……っ」

「コンマ1秒考えれば、わかるだろう?」


 黒髪の悪魔は、歪んだ表情かおで笑顔を浮かべて、血と涙と汗と鼻水と唾液でグチャグチャになったリィゼンにつぶやく。


「お前は、僕のオトモダチか? 守る訳ないだろう、お前との約束なんか」

「……っ」


 そして。


 目をバッキバキに血走らせた土下串刺どげくしさされリィゼン長官を尻目に、ヘーゼンは背中を向いて立ち去る。


「っと。次の約束の時間になりましたので、行きますね。いい暇つぶしになりました。それでは」


 パタン。


「……」


          ・・・


「殺す……」



「……殺す……殺す」



「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


           *


「き、鬼畜」


 ドアの前で待っていたラスベルがドン引き過ぎる表情を浮かべる。


「なら、よかった。キチッと演技ふりができていたようだな」

「……っ」


 素。絶対に素であると青髪美少女は確信する。


「ある程度、。過剰な演技は仕方がない」


 そう答え、ヘーゼンは、そのまま左隣の部屋に入った。そこには、総務省の上級内政官たちが、ドン引きした様子で立っていた。


 そして。


 その隣には。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」


 壁が透明になっており、リィゼン長官が狂ったように叫び散らかしていた。


「この通り、あのゴミはもう終わりです。今後、一切の命令に従う必要はありませんよ」

「「「「「……」」」」」


 上級内政官たちは、全員ゴクリと生唾を飲む。


「だ、だが、あの様子で迫られたら……」

「そのために、魔法の言葉を1つ教えます。こう言ってくださいーー」

「「「「「「……っ」」」」」」


 そのヘーゼンの言葉に、総務省の上級内政官たちは唖然とする。


「忠告はしました。あなたたちも、自分を守りたいならば、そうするといいでしょう」


 そう言い残し、ヘーゼンは颯爽と部屋を出た。そして、今度はリィゼン長官の右隣の部屋へと入る。


 そこには。


 何十人も、心の底から悦に浸っている人々がいた。歪んだ笑みを浮かべている者。泣きながら喜びはしゃいでいる者。透明の壁に張り付いて『イヒヒヒ』とむしゃぶるように眺める者。


「愉しんで頂けましたかな?」


 ヘーゼンは、過去、リィゼン長官に虐げられた者たちを招いていた。


 その中で。


 1人の男が涎を垂らしながらヘーゼンに土下座する。3ヶ月前に、帝国将官を辞めた者だ。


「ありがとうございました! 胸がスッキリしました。この光景が……この光景が見たかったんです……イヒッ……イヒヒヒヒヒッ……イヒヒヒヒヒッ」

「それは、よかった」


 ヘーゼンは爽やかな笑顔で答え、「それでね」と言葉を続ける。


「君たちに1つ提案があるんだ。これから、僕に忠実に仕えてくれれば……その命……その人生捧げてくれれば、君たちの真に望む物をあげることができる。もちろん、契約魔法は結ばせてもらうがね」

「「「「……っ」」」」


 男たちはゴクンと、生唾を飲む。


「……それは、なんですか?」


 一人の男が尋ねる。


































「褒美は、あの奴隷だ」

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