謝罪


           *


「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……もう……許してください」

「んー……何を謝っているのかわからないなー。なんで? なんで許さなきゃいけないの? そもそも許すってなんなの? なんで? なんで? なんでぇぇ!?」


 遡ること3ヶ月前、土下座で許しを懇願する、もはや、名前も忘れた部下の顔を、リィゼン=トシゲルは覗き込み、何度も何度も連呼した。

 

 快感だった。


 自分は、無能な部下をキチンと見捨てずに指導してやっている。物事の原因にすら辿り着けない愚か者に、自分の求める答えに導いてやっている。


 ああ……自分は、なんて、優しく有能なのだろう。


 だが、そんな自分の想いを全く解することなく、名も知らぬ部下は、床に顔を擦り付けて咽び泣く。


「ゔゔっ……ゔゔゔゔゔゔ……私には……もう、わかりません。もう、無理です……無理です……無理なんです」

「いや、私は別に土下座して欲しい訳じゃないんだよ。君の成長を願って、君ができない原因を解き明かしてやろうとしているだけだ。むしろ、なんで、それで許されると思ったのかな? なんで? なんで? なんで?」

「もう、私には……」

「で、なんで?」

「……ひっ」

「なんで、できないの? なんで? できないことをやろうともしないのは、なんで? 君の掘り下げが足らないんじゃないの? なんで? 君の掘り下げが出てこないと真の原因まで辿り着けないじゃないか。なんで? なんで? な・ん・で? なぁんでぇえええええええええええええええ!?」


 結局、その名も忘れた部下は、帝国将官を辞めた。


           *


 現在。リィゼン長官は、へーゼン=ハイムを見上げながら愕然とした。


 えっ土下座。


 今、まさに、自分は土下座している。


 すなわち、今、一番低い状態。最も低くて屈辱的な体勢に甘んじている中、目の前にいる黒髪の男から意味のわからない質問がきた。


 あらためて、自身が紛れもない土下座をしていることを確認し、確信し、オズオズと上目遣いで尋ねる。


「あの……間違いなく『低い』と思うのですが」

「そうですか? うーん……」


 へーゼンは立ち上がって、その土下座をマジマジと見つめる。


 そして。


 リィゼン長官の前髪の塊を、ガシッと掴んで、そのまま地面に突き刺した。瞬間、その額がクパァと割れて、ドス黒い血がぶっしゃあと吹き出した。


「あんぎゃあああああああっあああっ!?」


 断末魔の叫び。また、猛烈激烈壮絶な痛みとともに、なぜか身体がビィーンと膠着し、まるで、魚が串刺しになったが如く。


 土下串刺どげくしささり。


「ん……そうだよね。なーんか、まだ高いなと想っていたら、この前髪の塊だったのか。いや、解決解決」


 スッキリ。


 黒髪の青年は、まるで難問が解けた時のように爽やかな笑みを浮かべていた。


「あぐつゔっ……あぐあぅぁうあぅあああああ!?」


 そんな訳ない。


 まったくもって、完全無欠な斜め上の解決方法。絶対に真の原因ではないであろう理不尽なクレームで、斜め上過ぎる回答を、正解とする圧倒的な強者。


 バカ過ぎる。


 あんまりにもバカが過ぎ過ぎていて、それがわからないのだ。


「あうあうあああああああああああああああああああああっあっあっ……」


 泣いた。


 リィゼン長官は、猛烈な痛みに耐えきれず泣きながら悶える。


「心配しなくても、魔法で君ご自慢の臭い糞前髪、そして、すべての関節を鋼鉄並みにしたから、このまま何十時間でも反省できるね」

「……なん……じゅ……」


 心配するポイントが違い過ぎる!? 


 こんな状態で。額がクパァと開いて、身体がビィーンて硬直して動かずに、このまま焼かれた魚のように串刺しになっていないといけないと言うのか。


「なんで……なんででずがぁ!? 謝ったじゃないでずがぁ!? 土下座……したじゃないでずがぁ!?」

「んー……わからないですかね? よーく、考えてみてください」


 絶対権力者の如く、ヘーゼン=ハイムは、その漆黒の瞳でリィゼン長官を見下ろす。


「……土下座じゃなくでぇ、具体的な解決策を持って来いってことでずがぁ?」


 リィゼン長官は泣きながらも、そう願っていた。そして、そうだったら、話は早い。合理的な取引さえできれば、お互いに利益の得られるWin-Winの関係にーー


「ぶぶーっ……残念」


 べリリッ。


「うんぎゃああああああああああああああっ!?」


 へーゼン=ハイムは、リィゼン長官の爪を一枚剥ぎ取る。


「そんなこともわからないのか。残念だね」

「じゃ、なんでですかぁ……わかんないでぅ……もう無理ですぅ……答えを……答えを教えて下さいいいいいいっ」

「はぁ……わからないかな」


 黒髪の男は、歪んだ笑みを浮かべて答える。


「僕はね……君を足元に見ているんだよ」

「……っ」

「だってさ。僕の助けがなかったら、君はもう破滅だろう? 言ってみれば、君は弱者だ。で、僕の邪魔をする敵。だったら、踏みつけるだろう……徹底的に」

「ぐああああああっ」


 グリグリと。


 クパァと割れた額の傷を踏み躙る。


 んんめっちゃ非合理。


「ゆ、許して……許して……許してください……ゆる、ゆる、ゆるゆるして……」

「……」


 リィゼン長官が懇願すると、ピタリとヘーゼンの動きが止まる。そして、絶対的に上に君臨する男は、マジマジと考えながら前を見つめる。


「……んはぁ」


 ここだ。


 ここしか、ない。


「頼みますから……なんでもしますからぁ! どうか……どうか慈悲ををををを!」

「ちょっと黙ってくれないか」

「は、はいっ!」

「……」

「……」


          ・・・


「うん、わかった」

「わ、わかってくださいまーー」


 ンドグチャア!


 !?


「んごええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっ!?」


 全力ストレート。


 睾丸破壊。


 ぶっしゃあとズボン越しに血が吹き出し、リィゼン長官の脳天にとてつもない電流のような痛みが走る。血が混じったような泡を吐き出しながら、完全に白目を浮かべる。


「すいませんね。あなたの汚物が近くにあるのが、どうにも気に入らなかったものですから。大変失礼しました」

「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛っ」


 悶えながら。


 完全白目で、悶えながらの超悶絶。


 だが、ヘーゼンはニコッと爽やかな笑顔で答える。


「でも、よくありますよね? 礼儀正しくされて、あまりに遜られてしまって、逆にムカつくこと」

「ぞ……ぞん゛な゛ぁ゛……あ゛な゛だが……あ゛な゛だがや゛でっ゛え゛え゛っ」

「間違えました、すいません。この謝り方は違うかもしれません」

「……っ」


 訂正と謝罪。


 そんな。


 そんな簡単な訂正と謝罪では断固としてすまない。


 なぜなら、すでに、睾丸が破壊されているから。


「……まあ、でも会話できる程度には治すか。あんまり長引かせて、呻かれても、耳障りですし」

「はぁ……あ……はぁ……どゔが……お゛ね゛がい゛じま゛ず」


 悶えながらも、息絶え絶えに懇願すると、ヘーゼンは魔杖で、魔法をかけ始める。そして、見る見るうちにリィゼン長官の痛みがーー


 !?


「あ゛っ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」


 依然として、睾丸が、めっちゃ痛い。


 絶対に、睾丸だけ治してない。


「残念だけど、僕も完全に破壊されたものは治せないんだ。すまないな」

「……っ」


 自分勝手過ぎる。勝手に、かつてないほどの屈辱的な土下座を提案し、強制し、それが『気に入らない』と子々孫々の未来を完全破壊。


 なんという、イカれ異常者サイコパス


 やがて。


 睾丸以外の諸々を治されたリィゼン長官は、なんとか普通に話せるくらいに回復した。


 そして、ヘーゼン=ハイムはスッキリした顔でリィゼン長官を見下ろす。


「まあ、これだけ誠心誠意謝罪をしてくれれば、あなたの気持ちは伝わりました」

「ほ、本当ですか!?」

「ええ。まあ、私の階級を次官補佐官級まで引き上げてくれること。私の提出した献策案を、今後、すべて承認してくれること。この2つを守ってくれれば、あなたを救って差し上げますよ」

「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます!」


 前髪が突き刺さったまま、リィゼン長官は何度も何度も叫ぶ。


 助かった。


 土下串刺さりの屈辱は、もちろん、言葉にできないほどのものだ。だが、それよりは急死に一生を得たという安堵感の方が強い。


「もちろん、約束します」


 ヘーゼンは力強く答える。


「ぜ、絶対に? 絶対の絶対の絶対に!?」

「ええ、絶対に。なんなら、このあとすぐに契約魔法を結びますから。ご心配なく」

「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます! 本当にありがとうーー」

































「まあ、嘘ですけどね」

「あん?」

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