緊急会議

           *


 天空宮殿商工省の大会議室。その場は、非常にピリピリとしていた。


「では、緊急会議を始めさせて頂きます」


 取り仕切るのは、アウラ秘書官。出席者は、上位の秘書官の面々、それに、各省の大臣、副大臣級がズラリと並ぶ。


 手を挙げて発言するのは、商工省を管轄する大臣のバチェ=ラーである。


「突然です。急遽、ノクタール国が、紅蓮ぐれんの供給を中止すると言い出し始めました」

「理由は?」

「契約上の権利を行使する、とのことです」

「……ご存知ない方もおられると思うので、その内容を説明頂けますか?」


 アウラ秘書官は冷静な口調で言う。


「はい。契約魔法では、クミン族女王のバーシア、ノクタール国のジオス王、そして……へーゼン=ハイムの3者のうち、1人でも帝国への取引に異議を唱えた場合、一方的に中止させることができます」

「な、なんだそのふざけた内容は!?」


 ボォイ大臣は、怒りながら叫ぶ。


「それで? 今回は、誰が異議を唱えたのだ?」

「……へーゼン=ハイムです」

「「「「……っ」」」」


 その場が騒然として、一斉に視線が部屋の端で立っているリィゼン長官の元へと向かう。その前髪の塊は、いつもの倍ほどガッチガチに固められていた。


「リィゼン長官……へーゼン=ハイムがこのことを行なったことに対して、何か心当たりは?」

「そ、それは私があの男を下級内政官に落としたからでしょう。全く、私怨で帝国に害をなすとは……帝国将官の風上にもおけませんな」

「そうだ! これが事実だとすれば、まさしく帝国への背任行為に他ならない!」


 ボォィ大臣が呼応して机を叩く。


「……そうでしょうか?」


 アウラ秘書官がつぶやく。


「と言いますと?」

「あの男は、非常に狡猾な男です。『上官に対する暴言』というのは、真っ当な降格理由です。それに対しての報復であれば、へーゼン=ハイムに理が見当たらない」

「……っ」

「何か、他に決定的な理由があったと思うのですが」

「な、ななななない! ぜんっぜん! 思い当たりませんなぁっ!」


 リィゼン長官は、前髪の塊から油を滴り落としたながら答える。


「……レイラク。反帝国連合国の情勢は?」

「はい。量産に向けて着々と準備を始めており、半年以内には新型魔杖の量産が開始される見込みだ、とのことです」

「は、半年」


 またしても、周囲が騒然となる。


「リィゼン長官。魔力蓄積解明チームの進捗は?」

「は、はっ! 今までは5年だというのが、さ、3年……3年にまで縮めることに成功しました! いや、あくまで今後の進捗次第では、もっと短縮させる動きを取って見せます」


 その答えに、周囲から『オォ』という声があがる。


 だが。


 アウラ秘書官は額に指をトントンとさせて、リィゼン長官に尋ねる。


「……それは、素晴らしいですが、どうやって短縮するのですか?」

「……は?」

「いや、2年の短縮というのは、かなりの短縮だ。何か画期的な対策を行ったのだと思いますが、その内容は何かあるんですか?」

「ら、ラゴラス元長官も30年から5年まで短縮したと聞きました。最初から杜撰で、キチンと計画が組まれてなかったということでしょう」

「いや、そんなことはないでしょう」

「……っ」


 アウラ秘書官はキッパリと答える。


「そもそも『30年かかる』と言われていたのは、魔杖組合ギルドとの折り合いがついてなかったからだと報告を受けてます。それから、ラゴラス元長官と魔力蓄積機能の解析チームの努力があったとはいえ、元々、それくらいでやれる見込みであったというのは、まあ、納得ができる」

「……んっごく」


 リィゼン長官が激しく唾を飲み込む音が、周囲に響き渡る。


「ですが、5年を3年にというのは、ある意味で30年を5年に短縮することよりも遥かに難しい。5年に削ぎ落とした時点で相当に、日程を削ぎ落としているはずですから」

「……」

「……」


          ・・・


「リィゼン長官?」


 沈黙の音が響き渡る中、アウラ秘書官が尋ねる。


「……ち、ち、チームを一新しました。我が総務省でも優秀なエリート精鋭を取り揃えました」


 前髪の塊から、ボタボタボタっと油と汗が混じった茶色い液体を落としながら、リィゼン長官が答える。


「ふむ……おかしいな。前のチームは各省から選りすぐりのメンバーを選抜し、実績も十分なはずだが」

「……っ」

「そもそも、彼ら以外のメンバーを総務省で募った理由はあるんですか?」

「……えっと……それは……じ、実績が伴ってませんでしたので」

「30年から5年に短縮させた実績は、大きく評価できると思いますが、何か彼らの働きにおかしなところがあったということですか?」

「そ、そ、それは……へー……の……」


 その質問に、思わず言葉を止める。


「……少し、前の魔杖解析チームと今の魔杖解析チームの話を聞きたいですね」

「……んはぇぇ」


 リィゼン長官は、思わず不可思議な擬音を発する。


「彼らはどこにいますか?」

「……えっと……その……今は、ちょうど魔杖組合ギルドで引き継ぎをしてるところで」

「でしたら、明日、明後日で呼び出して彼らに説明させてください。少し技術的なことも聞きたいので」

「あっ……ん……こ……っそれはぁ……どうですかねえ……」


 前髪の塊の汗油を流しながら、リィゼン長官は猛烈にゴモゴモする。


「……何か不都合でも?」

「っと、明日も、明後日も、ちょうど魔杖組合ギルドで、て、てててて手が! 手が離せない状態で! な、ななななんせ、2年の短縮なので!」

「無論、説明にそこまで時間は取らせないし、追加資料を要求する気はないです」

「んん『待ったなし』ですから! 私、時間を切り詰めさせ切り詰めさせてますから! だから、申し訳ないですが……時間は裂けません!」


 リィゼン長官は、前髪の塊を突き出して、猛然と言い放つ。


「……そうですか」


 アウラ秘書官が指で額をトントンとさせながらつぶやく。


「わ、わ、わかって頂きましたか?」

「……はい」


 その返事に、寸胴な中年は如実に安堵の表情を浮かべた。

































「では、最短で予定を組んで、我々が赴きましょう。ちょうど、現地も見たいと思っていたし」

「……っ」

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