計画



 リィゼン長官は、意味がまったくわからなかった。いや、『縮める』か『縮めないか』の議論をしているのに。


 いや、『やらない』なんて選択肢ないから。


「な、なんで? なんでそうなるのだ? ねえ、なんで? なんで? なんで?」

「あ? テメェが嫌いだから」

「……っ」


 猛烈に話にならない。やはり、平民の猿の脳みそは梅干し並みだから言語が通じないのか、とリィゼン長官は確信した。


「きさっ……くっ……はぁ」


 寸胴の中年は、グッと左右の髪をかき上げて、前髪の塊を強調し、気を落ち着かせながら口を開く。


「オーケー。少し落ち着いて整理してみよう」


 リィゼン長官は、クソ平民猿にもわかるように、地面に『魔力蓄積機能の解明をやれない』と書く。


「まずは、なぜ、やれないのか? その理由を私に言ってみたまえ。要因を明らかにすれば自ずと答えが見えてくるはずだ。『なんで、魔力蓄積機能の解明がやらないのか?』。はい、スタート」


 パン。


「あ? やれないんじゃなくて、やらねぇんだよ」

「……ま、まあいいだろう。な、なんで?」


 リィゼン長官は『魔力蓄積機能をやらない』と書き直して、『→やらない』と書く。


「さっきから、嫌いだからって言ってるよな?」

「な、な、なんで?」


 プルプルと手を震わせながら、『→やらない』の隣に『→嫌いだから』と書く。


「嫌いだから嫌いなんだよ。だから、やらねぇ。それ以外に理由なんてねぇよ」

「……っ」


 激烈に言葉が通じない。平民というのは、ここまで愚かだというのか。


 いや、その前に……こんの無礼者!


 リィゼン長官は、前髪の塊をグイグイと押しつけながら猛然と迫る。


「いいか、よく聞け! 私は総務省長官だぞ!」

「邪魔だこの臭え髪! どけろ!」

「……ひだぎゅっ!?」


 ぶるるるるるんと。


 前髪の塊を横に弾かれた衝撃で、首ごと持ってかれて地面へとダイブした。


「んなっんなっ! んなっ! わ、私を誰だと思っている!? 私は、お前の雇い主であるボォィ大臣の懐刀なんだぞ!? 私が、一言告げ口したら、お前なんぞ即死刑の目にーー」

「誰だよそれ知らねえ」

「……っ」


 リィゼン長官は、グチャグチャになった前髪の塊を、ファスンと揺らす。

 

「ボォィ大臣を……知らない? いや、そんな訳あるか! お前の雇い主だぞ! 平民のクソ犬の分際で、それすらも知らないというのか!?」

「いや、俺らが支払ってるのは、ロハスって秘書官の野郎だから。誰が大臣だろうと、知ったこっちゃねえ。そもそも、事務・折衝は別の野郎に任せてるし」

「……っ」


 途方もなく、短絡的過ぎる。そのバックにいる存在を知らないなんて。


「で? 誰が犬だって?」

「ひっ……」


 ゴラン組合ギルド長は、リィゼン長官の前髪の塊を掴んでプランプランさせる。


「は、は、離っ! 離せ離せ離せ離せっ!」

「あんたの依頼は、金輪際、何もやらない。たとえ、大金貨何千枚積まれたってごめんだね」

「ひっ……うっ……いっ……」

「わかったら、さっさと消えろ!」

「うっ……ひいいいい!」


 怒鳴り声を浴びたリィゼン長官は、尻もちをつきながら後ろへ移動し、振り返って全力ダッシュで馬車へと入る。


 そして。


「だ、出せ! 出せーーーーーーーっ!」


 御者に叫びながら、一刻も早くこの場からの脱出を試みた。


          ・・・


 天空宮殿総務省に戻って。


「クソ……クソ……クソ……クソ……クソ……クソ……クソ……クソ……クソ……クソ……クソ……クソ……クソったれえええええええええええええええええええええええっ!?」


 リィゼン長官は、部屋の壁をガンガンと蹴りながら怒鳴り散らす。


「どうするんだよ! 定期会まで、あと10日しかないじゃねぇか! どうやって、何を報告すればいいんだよ!?」

「そ、それは……今の状況を、そのまま報告するしかないのでは?」


 ジャーリ上級内政官が、オズオスと答える。


「なんで?」

「……は?」

「いや、そんな報告あり得ないでしょ。なんで、私が私のせいで遅れたわけでもない報告をしなきゃいけないの?」

「……し、しかしそれ以外に方法が」

「……」

「……」


           ・・・


「いや……3年と報告する」


 !?


「い、いや3年どころか、今後、魔力蓄積型の魔杖が生産できるかどうかすらわからないのに!」

「データと報告書を改竄しろ」


 その言葉に、ジャーリ上級内政官は愕然とする。


「……そ、そんなことできるわけがないじゃないですか!?」

「いいからやれ! いったい、誰のせいでこんなことになっていると思ってるんだ!?」


 リィゼン大臣は、前髪の塊をグイグイと押し付けながら胸ぐらを掴む。


「わ、私がチームリーダーになってから1週間も経過していないのに、私のせいな訳がないじゃないですか」

「お前のせいに決まってるだろう! お前がリーダーなんだから!」

「……っ」

「んいいかぁ? 落ち着いて考えてみろぉ? こんな長期案件などは、所詮は水物だ。今後、プロジェクトが進んでいく上で、問題が起きたことにして誤魔化しておけばいいんだよ」

「し、しかし……」


 リィゼン長官は、ガシッと肩を組んで優しく囁く。


「安心しろぉ。適当なところで、お前は他部署に異動させてやる。私も、ボォイ大臣にお願いして、他の省の副大臣にしてもらう。あとの敗戦処理は、他のクソ弱小派閥のヤツがやればいいんだよ」

「し、しかし……これは、帝国を挙げての最優先課題でーー」

「……なんで?」

「は?」

「私は、お前の無能を庇ってやってるんだぞ? 私の指示を聞かないで、全然ノルマをこなさないクソなお前を? なのに、なんでそんな正論めいたことを私に言うんだ? ねえ、なんで? なんで? なんで?」

「……そ、そんな」

「私だって、お前がキチンとやれてれば、こんなことを言わずに済んだんだぞ? なのに、私の足を引っ張っている無能なお前が、なんで私に説教をするんだ?」

「……」


 ジャーリ上級内政官は、視線をフォーブス次官に向け助けを求める。


 だが。


 側にいて腕を組んで黙っていた老人は、アドバイザー然としながら口を開く。


「私は、リィゼン長官の言う通りだと思う」

「……っ」

「何も、この方は君が憎くてその提案をしている訳じゃない。君を助けようとしてくださってのお言葉だ」

「……」

「いいかい? リィゼン長官が直々に、責任を持って、君に提案をしてくださっているんだよ?」

「その通りだ。別に、我々が悪い訳じゃない。あの山猿に言葉を理解する脳みそがないだけの話だ。断固として、我々のせいじゃないのだ」

「……」

「いいかい?」

「……」

「い・い・か・い?」


 リィゼン長官は前髪の塊をグイグイと押しつける。


「……」

「……」


           ・・・


 しばらくの沈黙の末に。


 ジャーリ上級内政官は、あきらめたように口を開く。


「……は「失礼します!」


 だが、彼の言葉を打ち消して、急ぎ足で別の内政官が部屋へと入ってくる。


「申し上げます! 緊急会議の招集が掛かりました」

「緊急会議? なんだ、いったい、なんの会議だ?」


 リィゼン長官は、『しめた』た思った。有事の優先順位は非常に高くなるため、それに乗じて有耶無耶にすることもーー










































紅蓮ぐれんの供給が停止になった件です」

「……っ」 


【皆様のおかげで重版出来です!】

https://kakuyomu.jp/publication/entry/2024031902

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